
こんにちは!
今回はギリシャ神話より結婚の女神ヘラを紹介するよ!



今回はオリュンポス12神の紹介ね
彼女はどんなキャラクターなの?



彼女は言わずと知れた主神ゼウスの正妻で、結婚や出産、貞節などを司る真面目で厳格な女神なんだ!



ゼウスの妻となったばかりに、嫉妬に狂うヤバイ女性のイメージが定着した、ある意味で気の毒な神格でもあるぞぃ



ではさっそくいってみよう!
このシリーズでは、忙しいけど「ギリシャ神話」についてサクっと理解したいという方向けに、「かんたん・わかりやすい」がテーマの神々の解説記事を掲載していきます。
雄大なエーゲ海と石灰岩の大地が生み出した、欲望に忠実な神々による暴力的でありながらもどこかユーモラスな物語群が、あなたに新たなエンターテイメントとの出会いをお約束します。
人間味溢れる自由奔放な神々の色彩豊かで魅力的な物語に、ぜひあなたも触れてみてくださいね。
今回は、農耕の神クロノスと大地の女神レアのあいだに誕生したオリュンポスの神々の初期メンバーで、本来は真面目で厳格な神格なのに、主神ゼウスの正妻となったがために嫉妬に狂う復讐の女神のイメージが定着した、ある意味での被害者ヘラをご紹介します!



忙しい人はコチラから本編にすっ飛びじゃ
この記事は、以下のような方に向けて書いています。
- ギリシャ神話にちょっと興味がある人
- ギリシャ神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
- とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人
- ギリシャ神話に登場する「結婚の女神ヘラ」について少し詳しくなります。
- あなたのエセ教養人レベルが1アップします。
そもそも「ギリシャ神話」って何?
「ギリシャ神話」とは、エーゲ海を中心とした古代ギリシャ世界で語り継がれてきた、神々と人間の壮大な物語群です。
夏には乾いた陽光が降り注ぎ、岩と海とオリーブの木が広がる土地に暮らした人々は、気まぐれで情熱的、そして人間以上に人間らしい神々を生み出しました。
神々は不死である一方、人間と同じように嫉妬し、愛し、怒り、そしてときに残酷な運命に翻弄されます。
現代に伝わる物語の多くは、ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』、ヘシオドスの『神統記』などの古代叙事詩を原典としています。
王族の愛憎劇に始まり、神々の争いや英雄たちの冒険、時に神と人間の禁断の関係まで——
あらゆる欲望と感情が渦巻くギリシャ神話の世界は、きっとあなたの心を掴んで離さないでしょう。


14世紀ギリシャの写本 PD
「ギリシャ神話」の全体像は、以下で解説しているよ!


結婚の女神ヘラってどんな神さま?
結婚の女神ヘラがどんな神さまなのか、さっそく見ていきましょう。



いくぜっ!
簡易プロフィール
正式名称 | ヘラ Ἥρα |
---|---|
名称の意味 | 貴婦人 女主人 淑女 女王 など諸説あり |
その他の呼称 | ヘーラー ヘレ |
ラテン語名 (ローマ神話) | ユノ(Juno) ユノー ジュノ ジュノー |
英語名 | ヘラ(Hera) |
神格 | 神々の女王 結婚の女神 女性の女神 出産の女神 貞節の女神 母性の女神 空と星々の女神 |
性別 | 女性 |
勢力 | オリュンポス神族 |
アトリビュート (シンボル) | 先端に花をあしらった王笏 王冠 玉座 柘榴 柳 蓮 百合 金星 |
聖獣 | 郭公 孔雀 牝牛 ライオン 鶴 豹 |
直属の部下 | 虹の女神イーリス(Ἶρις) |
敬称 | ボオーピス(牛の眼の君) ガメリア(結婚の女神) ケーラー(夫なき君) レウコレノス(白い腕の君)ほか多数 |
主な拠点 | オリュンポス山 |
信仰の中心地 | アルゴス(Άργος) スパルタ(Σπάρτα) ミュケナイ(Μυκῆναι) サモス(Σάμος)ほか多数 |
関連する星座 | 星座ではないが、 天の川(Milky Way) |
親 | 父:農耕の神クロノス(Κρόνος) 母:大地の女神レア(Ῥέα) |
兄弟姉妹 | 炉の女神ヘスティア(ΕΣΤΙΑ) 豊穣の女神デメテル(ΔΗΜΗΤΗΡ) 冥界の王ハデス(ΑΙΔΗΣ) 海神ポセイドン(ΠΟΣΕΙΔΩΝ) 雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ) 異母兄弟として ケンタウロスの賢者ケイロン(Χείρων) |
配偶者 | 雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ) |
子孫 | 青春の女神ヘベ(Ἥβη) 戦いの神アレス(ΑΡΗΣ) 出産の女神エイレイテュイア(Εἰλείθυια) 鍛冶の神ヘパイストス(ΗΦΑΙΣΤΟΣ) 不和の女神エリス(Ἔρις)とも 最大最強の怪物テュポン(Τυφών)とも 美と優雅の女神カリテス(Χάριτες)とも ほか諸説あり |
由来する言葉 | ・June :「6月」を指す英単語。彼女のローマ神話名「ジュノ」から。結婚にふさわしい月として「ジューン・ブライド(June bride)」とも ・Hero :「英雄」「ヒーロー」を指す英単語。語源であるギリシャ語の「へロス(Heros)」が「ヘラ」の男性形であると考えられている |
概要と出自
ヘラはギリシャ神話に登場する結婚の女神、そして神々の女王です。
彼女は出産や母性、貞節に加えて女性全般の守護も司ったほか、空や星々とも関連付けられ、基本的には家族および家庭生活と深く結びついた神格として、古い時代から崇敬を集めました。



出産の際、私が母体を守って、
アルテミスが子どもを守ったのよ
ヘラは通常、ポロスと呼ばれる円筒形の王冠を戴き、花輪やベールを身に着け、全身を衣服で包んだ荘厳な美しさをもつ淑女として描かれます。
その手には、先端に蓮の花をあしらった王笏が握られ、彼女は時に、ライオンや郭公、鷹や孔雀などを従える姿でも表現されました。


『ヘーラー』1881年 PD
そんなヘラは、農耕の神クロノス(Κρόνος)と大地の女神レア(Ῥέα)のあいだに第三子として誕生。
しかし、「自分の子どもたちに王権を奪われる」という予言に囚われたクロノスは、レアが赤ん坊を生むたびに、それを片っ端から飲み込んでしまいます。
ヘラの姉弟には、
が生まれましたが、結局は5人とも父・クロノスの胃袋に押し込められ、そこで幼少期を過ごすことになりました。



この経験から、わしは基本的に男を信用しないのよ(嘘)
その後、6番目に生まれた雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ)だけは、唯一難を逃れてクレタ島の洞窟で成長。
立派な青年となった彼は、クロノスの飲み物に催吐剤を盛ることで、5人の兄姉を救出することに成功しました。
この際、父クロノスは飲み込んだのと逆の順番で子どもたちを吐き出したので、ヘラは3人の女神のなかで、「末娘であり長女」になったともされています。
その後、ゼウス率いる6人の兄弟姉妹は、横暴な父クロノスに対して宣戦を布告、「ティタノマキア(Τιτανομαχία)」と呼ばれる、10年にも及ぶ大戦争が始まりました。


『オリュンポス、巨人族の戦い』1764年 PD
原始の奈落タルタロス(Τάρταρος)に投獄されていた、単眼巨人キュクロプス(Κύκλωψ)や百手巨人ヘカトンケイル(Ἑκατόγχειρ)を解放したゼウス一派は、彼らの助力を得てさらに勢いを増し、ついにクロノス率いるティタン神族を撃破します。
敗北した先代の神々はタルタロスの囚人となり、世界の頂点には、ゼウスを筆頭とするオリュンポスの神々が君臨することになりました。






さらにその後、巨人族ギガンテス(Γίγαντες)とのあいだに勃発した世界史上最大の戦争、「ギガントマキア(Γιγαντομαχία)」にも勝利したゼウスらはその地位を確固たるものとし、オリュンポス神族は名実ともに世界の支配者となります。




-バチカン美術館にあるローマ時代のレリーフの挿絵 PD
これらの戦争において、ヘラはギガンテスの1人ポルピュリオン(Πορφυρίων)に襲われかけるなどの苦労を経験しましたが、一連の騒動に最初から関わっていた彼女は、しっかりと「オリュンポス12神」*の1柱にその名を連ねました。
※ギリシャ神話の神々でも特に主要な存在は「オリュンポス12神」に括られる
最高神の正妻ヘラと、その家族
ここでは、少し時計の針を戻して、ヘラの家族関係について確認してみましょう。
時期としては、末弟ゼウスが5柱のオリュンポスの神々を解放し、父クロノスに戦いを挑んだ「ティタノマキア」の戦いのあと。
すなわち、ゼウスが天界を統べる神々の王として君臨することが決まった頃の出来事です。
女神のなかで最も美しい女性に成長していたヘラは、神としては優秀でも男としては最低な主神ゼウスに、頻繁に言い寄られていました。


『イデ山にあるゼウスとヘーラー』1790年-1799年頃 PD



なぁ~ヘラ、神々の王たるわしとえぇ仲になろうや…



お断りじゃ
すでに何人の女と関係もっとんのじゃ
貞節を司る真面目なヘラには、あちこちで浮名を流す、浮気者の弟を受け入れる気など毛頭ありません。
なぜならゼウスは、すでに知性の女神メティス(Μῆτις)と法の女神テミス(Θέμις)を妻に迎えているうえ、その他の女神や人間とのあいだにも複数の子をもうけていたのです。



メティスに至っては、祖父や父がしたのと
同じように飲み込んどるからの…



まったくもって信用できん…




あちこちで不義を働くゼウスの妾になるなど、言語道断、絶対にお断り。



う~ん、攻略難易度が高いと、それはそれで燃えるよね
諦めの悪い最高神は、郭公の姿に変身してガードの堅いレアに近づき、彼女が鳥を愛でようと油断した隙を突いて、その思いを遂げました。


『イデ山にあるゼウスとヘーラー』1775年 PD



は、謀ったな、ゼウス…
あまりにも執拗なアプローチについに折れたヘラは、自分を正妻とすることを条件に、主神ゼウスとの結婚を承諾します。
大地の女神ガイア(Γαῖα)は、結婚の祝いとして彼女に「黄金の林檎の木」を贈り、それは西の果ての園で、黄昏の娘たちヘスペリデス(Ἑσπερίδες)と百頭竜ラドン(Λάδων)によって管理されました。
また、2神の婚礼の儀はサモス島において行われ、その後300年間にわたって初夜が続いたと伝えられています。



長がっ…!
付き合わされる周りの神々と人間たちよ…



いや、この夫婦の話じゃから、
人々にとっては逆に安定の時期じゃったかもしれんぞぃ
王妃となったヘラの美しさにはさらに磨きがかかり、気品あるその物腰には自信と余裕が備わっていました。
夫の不貞行為は相も変わらず続きましたが、婚姻の絆を重んじる結婚の女神であり、すべての神々の女王となった彼女は、その誇りにかけて、自らゼウスを裏切るような真似はしなかったと言われています。



とはいえ、浮気相手に対する報復は欠かさなかったから、
その辺は後ほど紹介するわよ


『ゼウスとヘーラー』1597年 PD
実際、美しいヘラに近付こうとする男は、少ないながらも存在しました。
しかし、彼女に恋したエリスの王エンディミオン(Ἐνδυμίων)はゼウスによって冥府に堕とされ(あくまでも一説)、ヘラを口説こうとしたラピテス人の王イクシオン(Ἰξίων)は、タルタロスの底で永遠の刑罰を受け続ける羽目になっています。



自分は良いけど妻の浮気は許さないって、
いったいどういう男なんだか…
結婚当初からその夫婦仲が心配なヘラとゼウスですが、この最高神夫妻のあいだには、以下の神々が誕生しました。
神名 | 概要 |
---|---|
青春の女神ヘベ Ἥβη | オリュンポスの神々のお酌係を務める以外、特に重要な職能はもっていない。 後に、ヘラの執拗なイビリを生き抜いた英雄ヘラクレス(Ηρακλής)の妻となる。 |
出産の女神エイレイテュイア ἰλείθυια | お産の女神として母親を助ける補助的な役割を担う。 彼女が現場にいないと出産が完了しなかったらしいのでかなり重要。 |
戦いの神アレス ΑΡΗΣ | 正義や知恵の戦い、戦略というよりも、血生臭い暴力を好む神。 見た目は美しいが人気はなく、物語上は負けてばっかり。 |



な~んか、ぱっとしねぇよな~



言うな!
おのれの子じゃろうが!
また、ゼウスが最初の妻メティスを飲み込んだことで、単身の力で戦いの女神アテナ(Ἀθηνᾶ)を生んだ事実を知ったレアは、



できらぁっ!



えっ、たった1人で子どもを!?
と言って、夫に対抗するかのように独力で、鍛冶の神ヘパイストス(ΗΦΑΙΣΤΟΣ)を出産しています。



わしの話は、後ほどもう少し掘り下げるよん



ある異伝では、このとき怒ったヘラが、1人で最大最強の怪物テュポン(Τυφών)を生んだともされるぞぃ



ギガントマキアのラスボスが、
正妻の子という皮肉な世界線も存在するのね




いずれにせよ、神々の頂点に君臨する2大神のあいだに生まれた子どもたちは、思ったほど優れた神格ではなかったようです。
最高神と対等に渡り合う唯一の女神ヘラ、
それにはちゃんとした根拠があった!
夫ゼウスに対抗して自らも独力で子を産んだり、彼の浮気相手を執拗に追跡して容赦なくシバきあげたり*と、どうしてもその執念深さや嫉妬深さが目立ってしまう結婚の女神ヘラ。
※詳細は後述
しかし、ここには、忘れてはならない重要なポイントが含まれています。
それは、全知全能の最高神たるゼウスに屈することなく、上記のように彼と対等に渡り合えた神格は、ヘラ以外には存在しないということ。
むしろ、地域によっては、ヘラがゼウスすらも凌ぐ地位をもっている場合がありました。


『ヘーラー』19世紀頃 PD
例えば、オリンピアにあった2神の像では、玉座に座っているのはヘラで、ゼウスはその脇に侍る姿で表されていたといいます。
アルゴスにあった像でもヘラが玉座に座り、ゼウスは郭公の姿で彼女が持つ王笏の上にとまっていたのだとか。
また、実際の信仰の上でも、ギリシャで最も古く重要な神殿の多くは、ヘラに捧げられたものであったとされています。



おや、物語上の設定とは少し食い違っているね
その理由はズバリ、ヘラこそが元々ギリシャに住む先住民族に崇拝された、古き時代の主神だったから。
時代が下がってゼウスを主神とする一派が古代ギリシャに侵入し、彼女を自分たちの神話の秩序の下に組み込んだのだそうです。
こうした経緯があったからこそ、強大な女神ヘラは簡単にはゼウスに屈さず、彼を主神とする新たな神話秩序の下でも、その正妻として対等の地位を保ったのです。
強力な新参の男神においそれと従属したり、淘汰されたりしない、それだけの古き宗教的基盤がヘラにはあったというわけです。


『ヘーラーの化粧に仕えるカリスたち』1811年 PD



従順なだけの妻なんて、
古代ギリシャの時代から既に「古い」のよ



「ヘラ」というのは「淑女」または「女王」を意味する称号に過ぎず、彼女の本来の名前は知られていない、とも言われるぞぃ
歴史的背景を見てみると、主神ゼウスにも劣らぬ影響力を誇ったことが分かる結婚の女神ヘラ。
しかし、神話とはつまり宗教ですし、宗教とはつまり政治と権力です。
時には、序列をはっきりさせたり、上下関係を身体で分からせる必要が生じることもあったでしょう。
以下にご紹介するエピソードは、もしかしたらそんな事情が絡んでいたかもしれない、とある神話の一幕です。
あるとき、ヘラと海神ポセイドン、戦いの女神アテナの3神が何事かを企み、神々の王であるゼウスを捕えようとしたことがあったそうな。



反乱の具体的な内容は分からないんだ!



ゼウスの残酷さに憤ったとも言われるの
その際、唯一、雷霆の神の味方をしたのが、後に英雄アキレウス(Ἀχιλλεύς)の母となる海の女神テティス(Θέτις)です。
彼女は、ゼウスの危機をタルタロスに居るヘカトンケイルの1人ブリアレオス(Βριάρεως)に報せ、彼を雲に聳えるオリュンポスへと呼び寄せました。


-オリンポスに召喚されたブリアレオス 1795年 PD
ブリアレオスが途方もなく巨大な姿を現すと、謀反を企んだ神々はその強大な力を恐れ、ゼウスに近づいて縛り上げるどころではなくなってしまいます。
その隙にテティスが最高神を逃れさせ、結果的に反乱計画は失敗に終わりました。
最高神ゼウスは反逆の首謀者を罰することに決め、ヘラを黄金の鎖で天から吊るします。
恐ろしい混沌と深淵の運命を見せつけられた彼女は夫に許しを請い、二度と彼に反抗しないと誓いました。
このときからヘラは、ゼウスが浮気をしても本人を責めるようなことはせず、その相手や子どもに怒りを向けるようになったとも言われています。



なんちゅう迷惑な話や
ヘラが関わった主なストーリー



ヘラの活躍を見てみよう!
厳格な結婚と出産の女神がひた隠す闇の過去!
棄てられた子の復讐とは!?
基本的には婚姻の絆を厳格に重んじ、妻としての、母としての立場をきっちりと守護した結婚の女神ヘラ。
その真面目で一本気な性格が他者への攻撃性として発露することはあれど、彼女は不貞や不義といった過ちを犯すことなく、自身の権能と職責に真摯に向き合いました。


『ヘーラーとアテーナーは天界から地上へ降りる』1827年 PD
しかし、そんなヘラにも、できれば隠し通したかったであろう、後ろめたい過去のひとつやふたつはあったようです。
ここでは、そんな彼女の「出産」の女神としての立場を脅かしかねない、とあるエピソードをご紹介します。
単身で戦いの女神アテナを生んだゼウスに対抗して、これまた単身で鍛冶の神ヘパイストスを出産した反骨精神バリバリの女神ヘラ。



おらぁ!見てみぃ!
その程度、わしにだってできるんじゃぁ!!



…?
あれ、こいつあんまり可愛くなくね…?
絶世の美男美女が勢揃いしているオリュンポスの神々のなかにあって、彼女が生んだヘパイストスだけは、醜男であるうえに足が曲がっており、成長しても満足に歩けそうにはない様子でした。
こんなみっともない子を産んだことが神々に知れては、天界の女王たる自分が物笑いの種にされる。
そう考えたヘラは、なんと、生まれたばかりのヘパイストスを下界の大海原に投げ落としてしまいました。



※古代の価値観です



貴族社会の古代ギリシャにおける、
鍛冶師の地位の低さを表現しとるのじゃ


『ヘーラー』1832年 PD
―それから、幾年の後。
これまで通り仕事は真面目に行い、夫であるゼウスの浮気にも目を光らせ続けていたヘラの前に、何やら見慣れぬ容姿の青年が現れます。
なんでも彼は、神々の女王にふさわしい贈り物をしたいと、わざわざここオリュンポスへとやって来たのだとか。
その若者が持ち込んだのは、風雅な造りの見事な「黄金の玉座」で、まさに天界の女主人が使うのにぴったりの逸品でした。



ほぉ~こりゃ見事!
若いの、お前さん物事がよう分かっとるやんけ~



へぇ、恐縮でございやす…
ヘラが喜んでその玉座に腰掛けると、とたんにその身体はがんじがらめに拘束されて、身動きをとることができなくなってしまいます。



アバババアバ!!!
なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!



ごきげんよう、お母上
予想通り、私のことは覚えておらんようですな



かつてあなたが海に捨てた赤ん坊…
ヘパイストスですわ…



ぐぬぬ
彼の正体は、見た目が気に入らないという理由だけで、母親であるヘラに投げ捨てられてしまった息子のヘパイストス。
地上に堕とされてもどうにか生き延びた彼は、心優しい海の女神テティス(Θέτις)と水の女神エウリュノメ(Εὐρυνόμη)に拾われ、海の底の洞窟で9年間にわたり養育されていました。
その後、どんなものでも作り出すことのできる不思議な技術力を身に着けたヘパイストスは、自分を捨てた母ヘラに復讐を果たすため、目に見えない鎖のトラップが仕掛けられた黄金の玉座を持参してここオリュンポスへと舞い戻ったのです。


『ゼウスの雷を鍛えるヘーパイストス』
1636年-1638年頃 PD



ぐぬぬ…
者ども、であえ~であえ~
曲者じゃー!
ヘラの悲鳴を聞いて駆け付けた神々は、彼女を拘束から解放しようと試みますが、当然ながらそう上手くはいきません。
その高度な罠は、作り手であるヘパイストスにしか解除できないのです。



解放して欲しければ、かつて息子である私を捨てたことを、
神々の前で認めてくだされや…



ぐぬぅ…



この者はわしが産み、そして捨てた子で~す
すいませんでしたぁ



誠意がまったく感じられませんなぁ~!!
こりゃあ、もうひとつくらい条件追加させてもらわんとねぇぇ!!



というわけで、あのアフロディーテを妻にもらいましょか



乗った!!
背に腹は代えられない神々の女王は、愛と美と性の女神アフロディーテ(ΑΦΡΟΔΙΤΗ)にヘパイストスの妻となるよう命じ、ようやく鎖の拘束から解放されたのでした。


『ヘーパイストスの部屋にあるヘーラー』1902年 PD



どんなとばっちりや!!!!
ゼウスの浮気で嫉妬に狂う恐ろしい正妻!
復讐の女神ヘラの苛烈すぎる嫌がらせ列伝!


『ゼウスとヘーラー』1770年 PD
結婚の女神ヘラといえば、主神ゼウスの浮気相手に対する執拗なまでの復讐でとても有名です。
「婚姻」を司る彼女は、それだけに非常に嫉妬深く、また不貞行為にはことのほか厳しい態度で臨むことでも知られました。
あちこちで浮名を流すゼウスの妻だけに、ヘラの不倫感知能力は非常に高く、さらに質の悪いことに、その怒りの矛先は夫ではなく情事の相手に向けられることが常であったようです。
ギリシャ神話の物語には、ゼウスに見初められた女性とその子どもが、彼女の嫉妬と怒りによって人生を台無しにされる逸話がいくつも残っています。



ここでは、ヘラのヤバすぎる嫌がらせ列伝を
ダイジェストで紹介するわよ



ドン引き必至の激怖エピソードが盛りだくさんじゃ



最高神夫婦の被害者名簿だね!
アルゴスの王女イオ
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれたアルゴスの王女イオ(Ῑ̓ώ)は、事態の発覚を恐れた主神によって牝牛の姿に変えられます。
そんなことはお見通しのヘラはイオを厳重な監視下に置き、彼女が逃亡した後は獰猛な虻を追っ手に放ちました。
結局、イオは牝牛の姿のまま方々を逃走し、エジプトまで逃れたところでようやく人間の姿に戻ります。
彼女は現地でエジプト王妃となり、主神夫妻から離れたことで、どうにか人生の平穏を取り戻しました。


-ヘラ、ゼウス、牝牛に変えられたイオ
1599年 PD


母性の女神レト
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれた母性の女神レト(Λητώ)は、その事実を知ったヘラによって、あらゆる場所での出産を禁じられます。
臨月を迎え、満身創痍でお産の場所を探す彼女は、姉である星の女神アステリア(Ἀστερία)が変じた姿、浮島のオルテュギア(Ὀρτυγία)に到着。
ヘラの命令の対象外であった現地で出産に臨むレトですが、そこにはさらに神々の女王の嫌がらせが待っていました。
どうにかお産の女神エイレイテュイア(Εἰλείθυια)を確保した彼女は、神話史上最大級の難産の末、狩猟の女神アルテミス(ΑΡΤΕΜΙΣ)と光明の神アポロン(ΑΠΟΛΛΩΝ)の双子を出産します。


『アポロとダイアナの誕生』1692年-1709年頃 PD


処女神の侍女カリスト
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれた処女神の侍女カリスト(Καλλιστώ)は、自動的に純潔の誓いも破らされたことになり、主人であるアルテミスの怒りを買って追放の憂き目に遭います。
さらに悪いことに、不貞行為の事実を知ったヘラによって大熊に変えられた彼女は、十数年ものあいだ獣の姿のまま森の中を彷徨うことに。
立派な狩人となった息子のアルカス(Ἀρκάς)に仕留められそうになったカリスト、その様子を見たゼウスは2人を天に上げ、親子はそれぞれ「おおぐま座」と「こぐま座」になりました。




テーバイの王女セメレ
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれたテーバイの王女セメレ(Σεμέλη)は、その事実を知ったヘラにそそのかされて、主神の真の姿を見たいとねだるようになります。
約束を果たすと誓った手前、彼女の願いを断れないゼウスは要求通り神としての姿を現しますが、人間に過ぎないセメレはその雷光を受けて消し炭となってしまいました。
亡きセメレのお腹には酩酊の神ディオニュソス(ΔΙΟΝΥΣΟΣ)の命が宿っていましたが、彼が無事に生まれてからもヘラは報復を忘れず、不義の子が狂気に苛れるよう呪いをかけたと言われています。


『ユピテルとセメレ』1695年 PD


リビアの女王ラミア


『鬼女のキス』1890年頃 PD
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれたリビアの女王ラミア(Λάμια)は、その事実を知ったヘラの怒りに触れて、生まれてくるすべての子どもの命を奪われます。
次第に狂気に陥った彼女は、生まれたばかりの他所の赤ん坊を攫って食べてしまうようになり、その身体も女性の上半身に蛇の下半身という化け物じみたビジュアルに変貌しました。
夜になると住処を出て徘徊し、獲物を探し求めたラミアの伝説は語り継がれ、言うことを聞かない子供を怖がらせるためのブギーマン的な存在として認識されるようになります。


水の精霊アイギナ
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれた水の精霊アイギナ(Αἴγινα)は、遠く離れたオイノーネ島で息子のアイアコス(Αἰακός)を生みます。
その島は彼女の名にちなんで「アイギナ島」と名称を改めますが、不貞の事実を知ったヘラは、島に恐ろしい疫病をもたらして島民たちを滅ぼし去ってしまいました。
唯一生き残ったアイアコスは途方にくれますが、それを見かねたゼウスが蟻の群れを人間に変え、彼らはミュルドーン人(Μυρμιδών)*の名で呼ばれるようになります。
※複数形はミュルミドネス(Μυρμιδόνς)で、ギリシャ語の「蟻(μύρμηξ)」に由来する
アイアコスを祖とするこの一族は、後に英雄アキレウス(Ἀχιλλεύς)に率いられ、有名なトロイア戦争にも参加しました。


-ゼウスの到来を待つアイギナ 1650年 PD


ミュケナイの王女アルクメネ
ゼウスに見初められ、一方的に抱かれたミュケナイの王女アルクメネ(Ἀλκμήνη)は、その事実を知ったヘラの怒りに触れて、例によって子の出産を妨害されます。
幸い、賢き侍女ガランティス(Γαλανθίς)の機転によって神々の介入を退けた彼女は、無事に英雄ヘラクレス(Ηρακλής)を生みました。
このヘラクレスというのがとんでもない苦労人で、人一倍ヘラの憎悪を受けた彼は狂気に苛れて家族をその手にかけ、12の功業の末に苦痛の死を経験した後、ようやく神々の女王の許しを得ることになります。


『我が子に驚くアルクメーネー』1676年 PD


少々余談になりますが、ヘラとヘラクレスのあいだには、その幼少期から浅からぬ因縁が生じています。
ゼウスの命を受けた伝令の神ヘルメス(Ἑρμῆς)は、幼いヘラクレスを抱いてヘラの寝室に忍び込み、ぐっすりと眠る彼女の乳を吸わせました。
ヘラクレスがあまりにも強く乳房を吸ったため、ヘラは激しい苦痛に目を覚まし、見知らぬ赤ん坊を反射的にはねのけます。
神々の女王の乳を飲んだヘラクレスは不死身となり、こぼれ落ちたヘラの乳はあたり一面に飛び散って無数の星々に変化しました。
現代の私たちはこれを「天の川(Milky Way)」と呼んでいます。


『天の川の起源』1575年 PD
この主題に欠かせないのは、ヘラと彼女の乳を吸う幼いヘラクレス。
思いのほか強い力で乳を吸う赤ん坊に驚いた女神が、宮殿の豪華なベッドからずり落ちそうになりながらも、痛みをこらえるかのように身をよじった姿が描かれています。
空中で幼いヘラクレスを差し出しているのは、その下の鷲から判断すればゼウスその人ということになりますが、一説によると彼は伝令の神ヘルメスとも考えられるようです。
主役の3人の周囲を飛び回るキューピッド(愛の神エロス)は、恋の情熱のシンボルですが、そのうちの1人は網を持っています。
これは、自分の愛人の子に妻の乳を吸わせるというゼウスの作戦”トリック”を暗示するとも言われました。
なお、四方に飛び散ったヘラの乳のうち、地上に落ちたものは「白百合」に変じたとされています。
その花はこの絵の下方にも描かれていましたが、後に切り取られて現在では見ることができないのだそうです。
身の毛もよだつ報復の数々ですが、ヘラはゼウスの浮気相手のみならず、その不貞行為を幇助した者にも容赦ない罰を与えました。
山の精霊エコー(Ἠχώ)はゼウスに命じられて、得意のマシンガントークでヘラの監視の目を逸らす役割を果たしましたが、策を見破られた彼女は女王の逆鱗に触れ、山々にこだまする「声」だけの存在となっています。


その他にも、ヘラはディオニュソスを養育したオルコメノスの王アタマス(Ἀθάμας)とテーバイの王女イノ(Ἰνώ)の夫婦や、美しさで張り合ってきた英雄オリオン(Ὠρῑ́ων)の妻シデ(Σίδη)や女王ゲラナ(Γεράνα)、彼女に都合の良い返事をしなかった盲目の予言者テイレシアス(Τειρεσίας)など、さまざまな人物に苛烈な罰を与えました。



まじで怖ぇ~…



なんせわし、神々の女王やし?
ギリシャ神話をモチーフにした作品



参考までに、「ギリシャ神話」と関連する
エンタメ作品をいくつかご紹介するよ!
おわりに
今回は、ギリシャ神話に登場する結婚の女神ヘラについて解説しました。



世界の神話のなかでも、類を見ないヤバさの女神よね~



一応、ゼウスとヘラのラブラブエピソードも
あるにはあるらしいよ!



興味があったら、ぜひ自身の力で調べてみてくれぃ
パパトトブログ-ギリシャ神話篇-では、雄大なエーゲ海が生み出した魅力的な神々や彼らの物語をご紹介していきます。
神さま個別のプロフィール紹介や神話の名場面をストーリー調で解説など、難しい言葉はできるだけ使わずに、あらゆる角度から楽しんでもらえるように持って行こうと考えています。
これからも「ギリシャ神話」の魅力をどんどんご紹介してきますので、良ければまた読んでもらえると嬉しいです!



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しーゆーあげん!
参考文献
- ヘシオドス(著), 廣川 洋一(翻訳)『神統記』岩波書店 1984年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 上』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 下』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 上』岩波書店 1994年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 下』岩波書店 1994年
- アポロドーロス(著), 高津 春繁(翻訳)『ギリシア神話』岩波書店 1978年
- T. ブルフィンチ(著), 野上 彌生子(翻訳)『ギリシア・ローマ神話』岩波書店 1978年
- 吉田 敦彦『一冊でまるごとわかるギリシア神話』大和書房 2013年
- 阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』新潮社 1984年
- 大林 太良ほか『世界神話事典 世界の神々の誕生』角川ソフィア文庫 2012年
- 中村圭志『図解 世界5大神話入門』ディスカヴァー・トゥエンティワン 2020年
- 歴史雑学探究倶楽部『世界の神話がわかる本』学研プラス 2010年
- 沢辺 有司『図解 いちばんやさしい世界神話の本』彩図社 2021年
- かみゆ歴史編集部『マンガ 面白いほどよくわかる! ギリシャ神話』西東社 2019年
- 鈴木悠介『眠れなくなるほど面白い 図解 世界の神々』日本文芸社 2021年
- 松村 一男監修『もう一度学びたいギリシア神話』西東社 2007年
- 沖田瑞穂『すごい神話―現代人のための神話学53講―』新潮社 2022年
- 杉全美帆子『イラストで読む ギリシア神話の神々』河出書房新社 2017年
- 中野京子『名画の謎 ギリシャ神話篇』文藝春秋 2015年
- 千足 伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術 2006年
- 井出 洋一郎『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』中経出版 2010年
- 藤村 シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社 2022年
- 中村圭志『教養として学んでおきたいギリシャ神話』マイナビ出版 2021年
- かみゆ歴史編集部『ゼロからわかるギリシャ神話』イースト・プレス 2017年
- THEOI GREEK MYTHOLOGY:https://www.theoi.com/
他…