
こんにちは!
今回はギリシャ神話より冥界の王ハデスを紹介するよ!



ギリシャ神話を代表する神格よね
彼はオリュンポス12神の1柱なの?



彼は、ギリシャにおける死後の世界「冥府」の支配者
なんだけど、オリュンポス12神には含まれていないんだ!



とはいえ、主神ゼウスやポセイドンとも並ぶ、
非常に重要な神格であることに変わりはないぞぃ



ではさっそくいってみよう!
このシリーズでは、忙しいけど「ギリシャ神話」についてサクっと理解したいという方向けに、「かんたん・わかりやすい」がテーマの神々の解説記事を掲載していきます。
雄大なエーゲ海と石灰岩の大地が生み出した、欲望に忠実な神々による暴力的でありながらもどこかユーモラスな物語群が、あなたに新たなエンターテイメントとの出会いをお約束します。
人間味溢れる自由奔放な神々の色彩豊かで魅力的な物語に、ぜひあなたも触れてみてくださいね。
今回は、農耕の神クロノスと大地の女神レアのあいだに誕生したオリュンポスの神々の初期メンバーで、くじ運の悪さから「冥界」の統治を担当することになるも、持ち前の真面目さで堅実な仕事ぶりを発揮した、ギリシャ神話で一番まともな神ハデスをご紹介します!



忙しい人はコチラから本編にすっ飛びじゃ
この記事は、以下のような方に向けて書いています。
- ギリシャ神話にちょっと興味がある人
- ギリシャ神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
- とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人
- ギリシャ神話に登場する「冥界の王ハデス」について少し詳しくなります。
- あなたのエセ教養人レベルが1アップします。
そもそも「ギリシャ神話」って何?
「ギリシャ神話」とは、エーゲ海を中心とした古代ギリシャ世界で語り継がれてきた、神々と人間の壮大な物語群です。
夏には乾いた陽光が降り注ぎ、岩と海とオリーブの木が広がる土地に暮らした人々は、気まぐれで情熱的、そして人間以上に人間らしい神々を生み出しました。
神々は不死である一方、人間と同じように嫉妬し、愛し、怒り、そしてときに残酷な運命に翻弄されます。
現代に伝わる物語の多くは、ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』、ヘシオドスの『神統記』などの古代叙事詩を原典としています。
王族の愛憎劇に始まり、神々の争いや英雄たちの冒険、時に神と人間の禁断の関係まで——
あらゆる欲望と感情が渦巻くギリシャ神話の世界は、きっとあなたの心を掴んで離さないでしょう。


14世紀ギリシャの写本 PD
「ギリシャ神話」の全体像は、以下で解説しているよ!


冥界の王ハデスってどんな神さま?
冥界の王ハデスがどんな神さまなのか、さっそく見ていきましょう。



いくぜっ!
簡易プロフィール
正式名称 | ハデス ΑΙΔΗΣ | |
---|---|---|
名称の意味 | 目には見えない者 すべてを受け入れる者など | |
その他の呼称 | ハーデース ハーイデース ハイデス | |
ラテン語名 (ローマ神話) | プルトン(Pluton) ディース(Dis) オルクス(Orcus) タルタロス(Tartarus) | |
英語名 | プルートー(Pluto) | |
神格 | 冥界の王 冥界の裁判長 死の神 富の神 鉱物や宝石の神 呪術の神 降霊術の神 豊穣の神 埋葬と葬礼の神 | |
性別 | 男性 | |
勢力 | ギリシャの神々 | |
アトリビュート (シンボル) | 隠れ兜(被ると透明になる革製の兜) 王笏 玉座 果樹園 冥界の鍵 コルンコピア(豊穣の角) 糸杉 ミント 白ポプラ アスポデロス(不死の花) 柘榴 水仙など | |
聖獣 | メンフクロウ ミミズク | |
直属の部下 | クレタ島の王ラダマンテュス(Ῥαδάμανθυς) クレタ島の王ミノス(Μίνως) アイギナ島の王アイアコス(Αἰακός) | 冥界の審判官 |
嫉妬の女神メガイラ(Μέγαιρα) 絶えぬ怒りの女神アレクトー(Ἀληκτώ) 悪人を罰する女神ティシポネ(Τισιφονη) | 復讐の女神エリニュス(Ἐρινύς) | |
冥界の番犬ケルベロス(Κέρβερος) 死者の渡し守カロン(Χαρων) | ||
敬称 | プルトン(富める者) アイドネウス(見えざる者) クリュメノス(名高き君) エウカイテス(髪麗しき君)ほか多数 | |
主な拠点 | 冥界 | |
信仰の中心地 | エリスなど ※「オルフェウス教」や「エレウシスの秘儀」などで盛大に崇拝された | |
親 | 父:農耕の神クロノス(Κρόνος) 母:大地の女神レア(Ῥέα) | |
兄弟姉妹 | 炉の女神ヘスティア(ΕΣΤΙΑ) 豊穣の女神デメテル(ΔΗΜΗΤΗΡ) 結婚の女神ヘラ(Ἥρα) 海神ポセイドン(ΠΟΣΕΙΔΩΝ) 雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ) 異母兄弟として ケンタウロスの賢者ケイロン(Χείρων) | |
配偶者 | 冥界の女王ペルセポネ(ΠΕΡΣΕΦΟΝΗ) その他、 コキュートス川の精霊ミンテ(Μίνθη) 海の精霊レウケ(Λεύκη) | |
子孫 | ペルセポネとの間に、 冥界の女神メリノエ(Μηλινοη) | |
嫉妬の女神メガイラ(Μέγαιρα) 絶えぬ怒りの女神アレクトー(Ἀληκτώ) 悪人を罰する女神ティシポネ(Τισιφονη) | 復讐の女神エリニュス(Ἐρινύς)とも | |
その他、 秘儀の神ザグレウス(Ζαγρευς) 死の女神マカリア(Μακαρία) | ||
対応する星 | 冥王星(134340 Pluto) |
概要
ハデスはギリシャ神話に登場する冥界の王です。
彼は死の神として葬祭の儀式を司り、死者たちの適切な埋葬を受ける権利と、その静かなる眠りを守りました。
古代ギリシャの世界観において、「冥界」は地下深くに存在すると考えられていたため、穀物を育む肥沃な土壌や、「金」「銀」をはじめとする採掘資源など、大地に秘められた様々な「富」もまたハデスの領分に属するとされています。


Canvaで作成



「冥界」そのもののことを「ハデス」あるいは
「ハイデス」とも呼んだんだよ!
「死後の世界の支配者」や「地獄の王」といった肩書だけを聞くと、ハデスが地上世界の滅亡を目論む悪の帝王や、闇の大魔王のような存在に思えてしまうかもしれません。



実際、数多くのエンタメ作品で
そういう扱いを受けとるからのぅ
しかし、実際の彼は邪悪な神などではなく、ただただ厳格で、死者の魂を裁くために無慈悲なまでの「公平さ」を貫いただけの、仕事に真面目過ぎるストイックな性格の男性でした。
またハデスは、これだけ女性にだらしがないギリシャ世界の神々の中にあって、唯一、「浮気」の記録がほとんど残されていない奇跡の愛妻家でもあります。
※詳細は後述



そもそも地上の出来事にあんま興味ないのよね
暗くて狭いところの方が好きだし



某・天空の神や某・海の神のような
ふざけたやりたい放題には手を染めていないのね



といっても、「浮気0」ではなくて
「ほとんどない」なんだけどね…


「ペルセポネとハデス」紀元前440年-430年頃
出典:Jastrow CC BY 2.5
ハデスの本質がいかに真面目で大人しかろうとも、現世を生きる人々にとって彼は、あくまでも「死の神」――。
古代ギリシャ人は冥界の王を不吉な存在と見なし、その名を直接口にすることを嫌いました。
そのため、ハデスは以下のように、あえて回りくどい表現をされるか、無駄にめでたい雰囲気の名称で呼ばれたと言われています。
- 「地下のゼウス」
- 「地下の王」
- 「富める者」
- 「見えざる者」
- 「善き忠告者」
- 「無慈悲な者」
などなど



「名前を呼んではいけないあの人」みたいな扱いを受けたよね
下手をするとすぐに「悪者」扱いされがちなハデスについては、当時の人々も、



ハデス様は冷酷で、無慈悲なお方じゃぁ~



いかなる嘆願も供え物も受け取ってはくださらんのじゃぁ~
と認識していました。


しかし逆に言うと、これは「賄賂の類を一切受け取らず、誰に対しても公平である」ということを意味します。
冥界の王として死者の魂を公正に裁き、いかなる人間であっても丁重に弔うよう規則を定めたハデスは、古代ギリシャにおける「法を順守する冷静な正義」を体現していたのです。
そんな彼は古代ギリシャ美術において、黒い髭を生やした威厳のある男性の姿で描かれました。
陰鬱でぞっとするような雰囲気を放つハデスの足元には、冥界の入り口を守る番犬ケルベロス(Κέρβερος)が侍っていることも多かったようです。




『ケルベロス』19世紀 PD
ハデスの波乱万丈な誕生秘話!
そして「冥界の王」となるまでの道のり!
冥界の支配者ハデスは、農耕の神クロノス(Κρόνος)と大地の女神レア(Ῥέα)のあいだに第四子として誕生。
しかし、「自分の子どもたちに王権を奪われる」という予言に囚われたクロノスは、レアが赤ん坊を生むたびに、それを片っ端から飲み込んでしまいます。
ハデスの姉弟には、
が生まれていましたが、結局は5人とも父・クロノスの胃袋に押し込められ、そこで幼少期を過ごすことになりました。



狭くて暗いところが好きな性格は、
この時代に醸成されたのよ(嘘)


1896年
出典:ニューヨーク公共図書館 PD
その後、6番目に生まれた雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ)だけは、唯一難を逃れてクレタ島の洞窟で成長。
立派な青年となった彼は、クロノスの飲み物に催吐剤を盛ることで、5人の兄姉を救出することに成功しました。
この際、父クロノスは飲み込んだのと逆の順番で子どもたちを吐き出したので、ハデスは6人の兄弟姉妹のなかで、「第四子にして三男坊」という立ち位置にもついています。
その後、ゼウス率いる6神は、横暴な父クロノスに対して宣戦を布告。
「ティタノマキア(Τιτανομαχία)」と呼ばれる、10年にも及ぶ大戦争が始まりました。
立ち上がった神々は、原始の奈落タルタロス(Τάρταρος)に投獄されていた単眼巨人キュクロプス(Κύκλωψ)や、百手巨人ヘカトンケイル(Ἑκατόγχειρ)たちを解放。
この際、鍛冶や細工を得意とするキュクロプスは感謝のしるしとして、
- ゼウスには、万物を破壊し燃やし尽くす「雷霆」
- ポセイドンには、大海と大陸を支配する「三叉の鉾」
- ハデスには、姿を消すことができる「魔法の兜」
を贈ったと伝えられています。



わし自身がこれを使っている描写は、
あんまりない気がするけどね~
文字通りの神アイテムを授かったゼウス一派は、解き放たれた巨人族の力を得てさらに勢いを増し、ついにクロノス率いるティタン神族を撃破します。








『ティターンズの陥落』1596–1598年頃 PD
敗北した先代の神々はタルタロスの囚人となり、世界の頂点には、ゼウスを筆頭とするオリュンポスの神々が君臨する運びとなりました。
この際、ゼウス、ポセイドン、ハデスの3兄弟は、それぞれがどの領地を治めるのかを「くじ引き」にて決めることとし、
- ゼウスが「天界」
- ポセイドンが「海」
- ハデスが「冥界」
を支配する形になったとされています。


『冥界のユノ』1626年-1630年 PD
さらにその後、巨人族ギガンテス(Γίγαντες)とのあいだに勃発した世界史上最大の戦争、「ギガントマキア(Γιγαντομαχία)」にも勝利したゼウスらはその地位を確固たるものとし、オリュンポス神族は名実ともに世界の統治者となりました。
ハデスは、この時点ですでに地上世界の趨勢に対する興味を失っていたようで、戦争に直接参加はせず、伝令の神ヘルメス(Ἑρμης)に「透明兜」を貸し出すなどの形で神々の勝利に貢献しています。



父クロノスを始末する時には、スニーキングミッション
にも参加したんだけどね
※透明になって父に接近したり、凶器となった鎌をドレパノン岬の海に捨てたりしている


「冥界」及び「地下」を掌握するということは、全ギリシャ世界の3分の1を支配するということと同義です。
この事実からも、ハデスは非常に偉い神さまとされていますが、その根本的な性質の違いから、彼は基本的に「オリュンポス12神」*の1柱には数えられませんでした。
※ギリシャ神話の神々でも特に主要な存在は「オリュンポス12神」に括られる



とはいえ、ハデスはオリュンポスの神々と
同格の存在と見なされていたよ!
冥王ハデスの真面目な日常
冥府を治めることになったハデスは、さっそく真面目に仕事に取り組み、「死者の埋葬法」や「葬送」、「葬礼の儀式」などを発明しました。
また、死者に敬意を払わない者に罰を与えることで、相対的に彼らの地位を底上げしたとも言われています。


『ハデスとペルセポネ』1864年 PD
ところで古代ギリシャの世界には、父クロノスの時代から継承される、人間に関する、とある「法」が存在しました。
それが、
正しく聖なる生涯を送ったすべての人間は、死後、祝福された島エリュシオン(Ἠλύσιον)*へと旅立つが、不当かつ不敬虔な生き方をした者は原始の奈落タルタロス(Τάρταρος)へと堕とされ、そこで報復と苦行の責めを受ける。
※「ネソイ・マカロン(νῆσοι μακάρων)」とも
というものです。


死者の魂がどこに導かれるのか、それは公平公正な判断によって決められなければなりませんが、ハデスの就任当時、こうした場面でも様々な不正が行われていました。
そこで彼は、公正な裁きを実現するために主神ゼウスと相談し、
- クレタ島の王ラダマンテュス(Ῥαδάμανθυς)
- クレタ島の王ミノス(Μίνως)
- アイギナ島の王アイアコス(Αἰακός)
の3名の魂を、「冥界の審判官」に任命したと伝えられています。


『死者を裁くミーノース、ラダマンテュス、アイアコス』 1828年 PD
命を落とした者は、まず彼らの裁判にかけられ、善行をなした者は相応の報酬を受け取り、悪行をなした者はその罰を受け、善くも悪くも生きなかったと判断された者は、そのまま死者の渡し守カロン(Χαρων)に引き渡されたのだとか。



わしの船で、亡霊どもはステュクス川(Στύξ)と
アケロン川(Ἀχέρων)を渡ったのじゃ





つまり、英雄や聖人は「エリュシオン」に、罪人や悪人は「タルタロス」に、普通の人々はハデスがいる「冥界」に送られたってことかしら?



目立った功績も罪もない平凡な魂は、
「アスフォデルの草原」*に行くとも信じられとったそうじゃ
※「アスポデロスの野」とも



「冥界」の設定も、時代によって結構
変わっているみたいなんだよね!


『エリュシオンの野』 1903年 PD
このほか、ハデスは冥界の出入り口に番犬ケルベロス(Κέρβερος)を配置し、資格のない者の侵入や、死者の魂の逃走を防ぐ措置を講じていました。


こうして、概ねの業務体制を整えたハデスは、そこで真面目実直に職務にあたり、賄賂や捧げ物の類を決して受け取らない、冷酷なまでに厳格な管理者として畏れられたとされています。



わしが耳を貸すのは、「誓い」の言葉や「呪詛」のみじゃ



この他、ハデスは冥界やエリュテイア島(Ερυθεια)に牛の群れを所有し、牛飼いのメノイテス(Μενοΐτης)に世話をさせていたそうよ
古代ギリシャにおけるハデスのリアルな立ち位置
ここまで、冥界の王ハデスの権能や偉大さについて解説してきましたが、実は、当の古代ギリシャ人たちは、「冥界」や「ハデス」といった存在に対してほとんど無関心であったと言われています。
その理由は、当時主流とされた宗教観があくまでも「現世利益主義」で、



神さまのご利益?
もらえるんなら、生きてるうちにくれや!
と考える人が大部分を占めていたから。
そのため、ギリシャ全土に腐るほど存在した神々の神殿のなかにあっても、冥王ハデス単体に捧げられたものは、エリス地方に建てられたただ1つのみであったとされています。
※年に一度だけ開かれる聖域だった



なんというか…
世知辛い神々の「リアル」って感じだね~…



まぁ、上述の通り、祭儀をしても無駄(≒供物を受け取らない)
ならば、わざわざ神殿を造る意味もないからのぅ…
※ただし、黒毛の動物を犠牲に捧げて顔を背けながら地面を叩いて儀式を行うという例外もある


その一方、そもそも現世での人生が辛かった貧困層の人々などが、死後の世界での幸福を願いハデスを信仰する、というケースも少なくありませんでした。
彼は、輪廻転生を支持する「エレウシスの秘儀(Ἐλευσίνια Μυστήρια)」や「オルフェウス教(Orphism)」の信者たちにとって、非常に重要な神格であったとされています。
しかし悲しいかな、彼らにはまとまった「財力」というものがなかったため、いずれにせよハデスを祀る立派な神殿や、彼を主役とする神話が後の世に残されることはほとんどありませんでした。



まぁ別にいいよ
他の連中と違って、貴族的なノリは好みじゃないし、わし
また、ハデスは死者の神であるがゆえに、通常は生殖能力をもたない不妊の神と見なされていました。
しかし、上記のような本流ではない「裏・ギリシャ神話」においては、
- 復讐の女神エリニュス(Ἐρινύς)
- 冥界の女神メリノエ(Μηλινοη)
- 秘儀の神ザグレウス(Ζαγρευς)
- 死の女神マカリア(Μακαρία)
といった神々が、ハデスの子孫として誕生したことにもなっています。



罪人どもへの刑罰は、私たちが担当していたわよ




『オレステスの後悔』1862年 PD
ハデスが関わった主なストーリー



ハデスの活躍を見てみよう!
ハデスの数少ない主役回!
乙女コレーとの恋物語と女王ペルセポネの誕生!!
ここでは、冥界の王ハデスが珍しく主役を務めた、ギリシャ神話のなかでも非常に珍しい物語をご紹介します。
雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ)と豊穣の女神デメテル(ΔΗΜΗΤΗΡ)のあいだに生まれた乙女コレー(Κόρη)はとても美しいことで知られ、その美貌はオリュンポスの神々のなかでも大いに評判となりました。
彼女が成長すると、
を、それぞれコレーに贈り、結婚を申し込んだとも言われています。


-デメテルとペルセポネ 1914年 PD
しかし、母デメテルはそんな男神どもの申し出を



浮気ばっかりしよるオリュンポスのボンクラ
どもに可愛い娘は渡せんわぃ!



あと1人、バカみたいなセンスの奴おるぞ!
そういうとこやぞ!
と言って即却下。
愛する娘コレーを、遠く離れたシチリア島に隠して育てることにしました。
しかし、そんなある日のこと。
シチリア島の中心にある街エンナに移り住んだコレーは、花を摘むためにペルグーサ湖へと降り、自身に仕えるニンフ(Νύμφη)*たちと共に戯れていました。
※自然界の精霊みたいなもん



おろ…?
なんかえらい綺麗なお花がありまっせ
一輪の「水仙」に目を引かれた彼女は、ニンフたちのもとを離れて1人歩み出し、その花にそっと手を伸ばします。
その瞬間。
さっきまで「水仙」が咲いていた大地が大きく裂け、その中から漆黒の馬車に乗り、黒装束を身にまとった冥界の王ハデスが現れました。


『プロセルピナの略奪』 1631年頃 PD
彼は、驚きと恐怖に凍りついたコレーを抱きかかえると、そのまま彼女を地底の冥府へと連れ去ってしまいます。



……



いや、なんか、急に驚かせてすまんのぅ
ハデスは乙女の拉致を実行した後になって、その行動の理由を説明しました。
どうやら、彼はエトナ火山の噴火による影響を確かめるために地上に出た際、偶然コレーの姿を目にし、たちまち心を奪われてしまったようです。
どうしても彼女を妻に迎えたいと思ったハデスは、事前にコレーの父親であるゼウスに根回しを行い、承諾を得たうえで今回の拉致事件を引き起こしたのだそうな。



ちなみに、誘拐の実行をみすみす見逃したニンフたちは、
母デメテルの怒りを買って怪鳥に変えられてとも言われているよ!
怪鳥はコチラ!




事情を聞かされたところで、薄暗い死者の世界に無理やり連れて来られたうえ、そこで知りもしない男の妻になれと言われても、コレーがそんな話を受け入れるはずもありません。
光あふれる地上の世界と母デメテルを恋しく思った彼女は、来る日も来る日もさめざめと泣いて過ごしました。



HEEEEYYYY
あァァァんまりだァァアァ



おっかしいなぁ…



ゼウスお勧めの「女子がグッとくる方法」で連れて来たのに…
とはいえ、時間が経てばたいていの状況に慣れてしまうのは、神も人の子も同じこと。
コレーはそのうちにハデスを受け入れ、もうすでに処女ではなくなっていたので、彼女はペルセポネ(ΠΕΡΣΕΦΟΝΗ)という新たな名で呼ばれていました。
この絶望的に手遅れな状況に現れたのが、ゼウスの無茶に振り回されては毎日のようにその尻ぬぐいをしている苦労人、伝令の神ヘルメス(Ἑρμης)です。


『野原にあるメルクリウス像』 19世紀 PD



かくかくしかじかで、そりゃぁ地上は大変なのよ
悪いけど彼女を返してもらえんね?


曰く、溺愛する娘を失った母デメテルは、自らの職務を完全に放棄したとのこと。
豊穣と収穫を司る女神がストライキを起こしたということは、つまり、一切の植物が地上に実らなくなることを意味します。
当然ながら、すでにあった大地の作物もすべて枯れ果ててしまい、人間の世界では恐ろしい大飢饉が発生しました。
オウィディウスの『変身物語』によると、この時期の人々がいくら大地に種を撒こうとも、その一粒とて芽を出すことはなかったと伝えられています。
そして、神々を崇拝し犠牲を捧げる人間が一人もいなくなってしまうと、強大なオリュンポスの神も次第に飢えていき、やがては存在することができなくなるとされました。
まさに、全人類と神々の存亡の危機。


『ペルセポネーを悼んだデーメーテール』1906年頃 PD



うわっ…わしらの命運、
危うすぎ…?
ここにきて、ようやく事の重大さを理解したオリュンポスの王ゼウスは、あらゆる神々をデメテルのもとに送って説得にあたらせますが、そのすべてにおいて失敗。
さすがに焦った最高神は、ペルセポネをデメテルのもとに返すしか方法がないと判断し、ヘルメスを冥界に遣わして、今度はハデスのほうを説得しようと考えたのです。



そういうわけでして…
わしの苦労も慮ってくだされや…
話を聞いたハデスは、眉だけを上げて薄く微笑み、ヘルメスにこう返答しました。



まぁ、死人が多くてもわしの仕事が増えるだけですしの
わかりましたわ…



しかし我が妻よ、どうかわしのことを忘れないでおくれ
意外にも大人しく引き下がった冥府の王に、ペルセポネもヘルメスもほっと安堵の息をつきます。
しかし、その一瞬の隙をついて、ハデスはペルセポネに一粒の甘い「柘榴の実」を食べさせました。



12粒のうちの4粒とも、
1粒の3分の1をかじったとも言われるわよ
彼女はこの意味を理解していませんでしたが、母デメテルとの再会時に、ハデスの策略を知ることになります。


『ペルセポネーの帰還』 1891年 PD



おぉぉ!
我が娘よ、なんか悪いことされんかったかの?



もうとっくにされましたわ
あと、最後になんかワケの分からん実を食べさせられましたよ



なんですと!?
実は、神々の世界には、「冥界にある食べ物を口にした者は、冥界に繋ぎとめられてしまう」というルールがありました。
そのためペルセポネは、1年のうちの3分の2(8ヶ月)を母デメテルのもとで過ごし、残りの3分の1(4ヶ月)を冥界でハデスの妃として過ごすことになったのです。



あの世の食べ物を食べると、あの世の住人になる
日本神話にも、同じように「黄泉戸喫」という概念があるよ!


一方、最後の最後でまたしても騙されたデメテルも、ただでは態度を変えません。



詐欺られた分は、きっちり働きませんし
彼女は、大切な娘が身近にいない3分の1の季節を憎み、この間を「植物を芽生えさせぬ不毛の時期」と定めました。
こうして、ギリシャ神話の世界に「季節」の概念が生じ、1年の3分の1にあたる「冬」のあいだには、一切の作物が育たず荒涼とした景色が広がることとなったのです。







ギリシャ神話版「季節の起源譚」ね



この後、ハデスとペルセポネの夫婦は、
冥界の玉座を共有してその統治にあたったのじゃ


『プシュケとプロセルピナ』 1735年 PD
お堅いハデスにしては珍しい『浮いた話』2選
基本的には真面目で実直な性格をしており、他の神々とは違って、ほとんど色恋沙汰を起こさなかった愛妻家のハデス。
ここでは、そんな彼が珍しく浮名を流した非常にレアなエピソードを、わずかに2つだけご紹介しています。



話題が乏しくてすまんね~
ペルセポネに踏みつぶされた「ミント」の誕生秘話
ミンテ(Μένθη)はコキュートス川に住む美しいニンフ(Νύμφη)*で、冥界の王ハデスの数少ない浮気相手の1人です。
※自然界の精霊みたいなもん
彼女は、ハデスとペルセポネの結婚報道を耳にした際、嫉妬のあまり



なんでや!
わしの方が美しいやないかい!!
と、傲慢な言葉で不満を叫びました。
しばらくして、その事実を知ったデメテル、もしくはペルセポネ本人が



お前なんぞ、「雑草」として存在すれば十分やろ…



お前なんぞ、「雑草」として存在すれば十分やろ…
と言ってミンテを容赦なく踏みつぶし、彼女を「ミント(薄荷)」の草に変えてしまったと伝えられています。


命を落としたレウケと「白ポプラ」の誕生秘話
レウケ(Λευκη)は大洋の神オケアノス(Ωκεανός)の娘として生まれたオケアニデス(Ὠκεανίδες)*のニンフで、とても美しい女性です。
※海や泉、地下水などに関わる女神たちの総称で、単数形はオケアニス(Ὠκεανίς)
彼女はハデスに愛されたため冥界へと連れ去られ、死後、祝福された島エリュシオン(Ἠλύσιον)で「白ポプラ」の木に変えられました。
以後、この木はハデスの神聖な植物として丁重に扱われたと言われています。



ハデスには、本当にこの手の話題が少なかったんだね!



2件あるとはいえ、古代ギリシャの基準
でいえば死ぬほど真面目で一途な部類なのよ
冥界の王ハデスのその他の登場シーン
最後に、今回の主人公ハデスが登場したいくつかの神話の名場面を、ざっくりダイジェストでご紹介します。



お話の詳細は個別の記事で解説しているから、
良ければそちらも見てみてね!



なお、時系列順にはなっとらん個所もあるので、
そこらへんはゆるく受け取ってほしいぞぃ


ImageFXで作成
- ラリッサの王ペイリトゥス(Πειρίθους)が妻ペルセポネに求婚しようと冥界にやって来たので、歓待するふりをして相手を騙し、同伴者であるアテナイの王テセウス(Θησεύς)と共に忘却の玉座に束縛する。
※テセウスのみ、後にヘラクレスによって救出される - 『12の功業』を頑張る半神の英雄ヘラクレス(Ηρακλής)に、「決して傷付けない」という約束で冥府の番犬ケルベロス(Κέρβερος)を貸し出す。
- 死者蘇生までやりだした医療の神アスクレピオス(Ασκληπιος)に怒ってクレームを入れ、主神ゼウスに彼を始末するよう陳情する。
- テッサリアの王アドメトス(῎Αδμητος)の身代わりとなった、イオルコスの王女アルケスティス(Ἄλκηστις)の魂をめぐってヘラクレスと格闘し敗北、死者の復活を許してしまう。
※死の神タナトス(Θανατος)が戦うパターンもある - ハデスを祀る都市ピュロスがヘラクレスの侵略を受けたため自ら武装して出陣、しかし英雄の攻撃を受けて負傷したので、オリュンポスまで逃走する。
※疫病をもたらす術や槍で戦ったらしい - コリントスの王シシュポス(Σίσυφος)の口車に乗せられて、一度死んだはずの彼が現世に戻ることを許してしまう。
- 巨人の狩人オリオン(Ὠρῑ́ων)の2人の娘であるメティオケ(Μητιοχη)とメニッペ(Μενιππη)が、ボイオティアの干ばつと疫病を鎮めるために自ら犠牲となった際、姉妹の魂を天に上げて「コロニデス(Κορωνιδες)」と呼ばれる一対の彗星に変える。
- 亡き妻エウリュディケ(Ευρυδίκη)を追って冥界にやって来た吟遊詩人オルフェウス(Ὀρφεύς)の愛に感動し、「決して振り返ってはならない」という条件付きで2人を地上へと返す。
※もちろんこの2人は失敗する
などなど



こうして見てみると、ヘラクレスとの
因縁が深かったりするんだよね!



体育会系の陽キャは苦手なんじゃ…



意外と情に厚かったり、涙もろかったりするのも、
冥王ハデスの魅力のひとつだわね
ギリシャ神話をモチーフにした作品



参考までに、「ギリシャ神話」と関連する
エンタメ作品をいくつかご紹介するよ!
おわりに
今回は、ギリシャ神話に登場する冥界の王ハデスについて解説しました。



恐ろしい悪役のイメージがあったけど、実は一番真面目で大人しく、心優しいまである神さまなのね



ギャップの大きさで言うと、
ギリシャの神々で一番かもしれないよね!
パパトトブログ-ギリシャ神話篇-では、雄大なエーゲ海が生み出した魅力的な神々や彼らの物語をご紹介していきます。
神さま個別のプロフィール紹介や神話の名場面をストーリー調で解説など、難しい言葉はできるだけ使わずに、あらゆる角度から楽しんでもらえるように持って行こうと考えています。
これからも「ギリシャ神話」の魅力をどんどんご紹介してきますので、良ければまた読んでもらえると嬉しいです!



また来てね!
しーゆーあげん!
参考文献
- ヘシオドス(著), 廣川 洋一(翻訳)『神統記』岩波書店 1984年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 上』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 下』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 上』岩波書店 1994年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 下』岩波書店 1994年
- アポロドーロス(著), 高津 春繁(翻訳)『ギリシア神話』岩波書店 1978年
- T. ブルフィンチ(著), 野上 彌生子(翻訳)『ギリシア・ローマ神話』岩波書店 1978年
- 吉田 敦彦『一冊でまるごとわかるギリシア神話』大和書房 2013年
- 阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』新潮社 1984年
- 大林 太良ほか『世界神話事典 世界の神々の誕生』角川ソフィア文庫 2012年
- 中村圭志『図解 世界5大神話入門』ディスカヴァー・トゥエンティワン 2020年
- 歴史雑学探究倶楽部『世界の神話がわかる本』学研プラス 2010年
- 沢辺 有司『図解 いちばんやさしい世界神話の本』彩図社 2021年
- かみゆ歴史編集部『マンガ 面白いほどよくわかる! ギリシャ神話』西東社 2019年
- 鈴木悠介『眠れなくなるほど面白い 図解 世界の神々』日本文芸社 2021年
- 松村 一男監修『もう一度学びたいギリシア神話』西東社 2007年
- 沖田瑞穂『すごい神話―現代人のための神話学53講―』新潮社 2022年
- 杉全美帆子『イラストで読む ギリシア神話の神々』河出書房新社 2017年
- 中野京子『名画の謎 ギリシャ神話篇』文藝春秋 2015年
- 千足 伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術 2006年
- 井出 洋一郎『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』中経出版 2010年
- 藤村 シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社 2022年
- 中村圭志『教養として学んでおきたいギリシャ神話』マイナビ出版 2021年
- かみゆ歴史編集部『ゼロからわかるギリシャ神話』イースト・プレス 2017年
- THEOI GREEK MYTHOLOGY:https://www.theoi.com/
他…