
こんにちは!
忙しい人のための神話解説コーナーだよ!
この記事では、忙しいけど北欧神話についてサクっと理解したいという方向けに、『エッダ』をベースにした神話のメインストーリーをざっくりとご紹介していきます。
とりあえず主だった神々の名前と、ストーリーラインだけ押さえておきたいという方向けのシリーズとなります。
個々の神さまについての詳細は個別記事で解説していますので、良ければそちらもご覧ください。



とりあえず大まかな流れをつかむというコンセプトじゃ
補足情報は【Tips】として解説しとるが、
読み飛ばしても全然OKじゃぞ



関連記事のリンクを貼っているから、
気になった方はそちらもチェックしてね



ではさっそくいってみよう!



忙しい人はコチラから本編にすっ飛びじゃ
この記事は、以下のような方に向けて書いています。
- 北欧神話にちょっと興味がある人
- 北欧神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
- とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人
- 北欧神話のメインストーリーをざっくりと把握できます。
- あなたのエセ教養人レベルが1アップします。
まじで忙しい人のための結論
本気で忙しいあなたのために、今回ご紹介する物語のストーリーラインを、箇条書きでざっくりまとめておきます。



ぱっと見で把握してね



何ならここを読むだけでもOKじゃぞ
今回ご紹介する『雷神の槌と霜の巨人-後編-』のストーリー
- 最高神オーディン(Óðinn)の挑発に乗ってアースガルズにやって来た山の巨人フルングニル(Hrungnir)は、歓待の席で調子に乗りまくり、トールと決闘を行うことになる。
- 国境グリュートトゥーナガルザル(Grjóttúnagarðar)で2人は対峙、フルングニルも健闘するが、大槌ミョルニル(Mjölnir)を頭に受けて絶命する。
- 雷神トール(Þórr)と軍神テュール(Týr)の2人は、大量の酒を醸すための大釜を求めて、巨人の国ヨトゥンヘイムに住む海の巨人ヒュミル(Hymir)を訪ねる。
- 晩餐用の食材を調達するためにヒュミルと共に釣りに出たトール、ここで因縁の相手である大蛇ヨルムンガンド(Jörmungandr)と再会する。
- ヒュミルが出す条件を満たし大釜を手に入れたトールの一行は、家宝を取り返しに襲撃してきた巨人族を返り討ちにして無事にアースガルズに帰還する。
- 2人の娘と共にトール討伐を画策した霜の巨人ゲイルロズ(Geirröd)は、狡知の巨人ロキ(Loki)を人質にしてターゲットを誘い出す。
- 丸腰でやって来たトールは旅の途中で味方の助力を得て、無事に巨人の一家を返り討ちにした。
そもそも「北欧神話」って何?
「北欧神話」とは、北ヨーロッパのスカンジナヴィア半島を中心とした地域に居住した、北方ゲルマン人の間で語り継がれた物語です。
1年の半分が雪と氷に覆われる厳しい自然環境の中で生きた古代の人々は、誇り高く冷徹で、勇猛で死もいとわない荒々しい神々を数多く生み出しました。
彼らの死生観が反映された「北欧神話」の物語は、最終戦争・ラグナロクによって、神も人間もあらゆるものが滅亡してしまうという悲劇的なラストを迎えます。
現代の私たちが知る神話の内容は、2種類の『エッダ(Edda)』と複数の『サガ(Saga)』という文献が元になっています。
バッドエンドが確定している世界でなおも運命に抗い、欲しいものは暴力や策略を用いてでも手に入れる、人間臭くて欲望に忠実な神々が引き起こす様々な大事件が、あなたをすぐに夢中にさせることでしょう。


「北欧神話」の全体像は、以下で解説しているよ!


主な登場人物



この物語の登場人物(神)をざざ~っと挙げておくぞい
詩篇Ⅲ-Ⅳ:雷神の槌と霜の巨人-後編-
―前回までのあらすじ
巨人の国ヨトゥンヘイムを旅する雷神トール(Þórr)と旅の一行は、霜の巨人スクリューミル(Skrými)に遭遇しました。
彼は敵対するわけでもなく、神々の睡眠を妨害したり食事の邪魔をしたりと、割と陰湿にメンタルを削りにかかります。
大槌ミョルニル(Mjölnir)の殴打に3度も無傷で耐えたスクリューミルはトールのプライドを傷つけて立ち去りますが、これは霜の巨人の王ウートガルザ・ロキ(Utgarða Loki)の幻術でした。
それでも旅を続ける一行は、ウートガルザ・ロキの妨害もむなしく、彼の居城ウートガルズ(Útgarðar)にたどり着きます。
巨人の王はトールたちを出迎え、彼らにさまざまな「力比べ」を持ち掛けました。
神々は勝負を受けますが、相手は全てウートガルザ・ロキが繰り出す幻術だったので、当然トールたちの全敗で終了。
とぼとぼと帰途に就くトールにネタ晴らしをするウートガルザ・ロキ、雷神が怒って槌を振り上げるも、そこにはもう何もありませんでした。



今回は、トールが霜の巨人を相手に
暴れまわった物語を紹介するわよ



基本的には巨人族の頭蓋骨を粉砕しまくった彼だけど、
なかなか手痛い敗北を喫したこともあるんだ!
お知らせ
ご紹介している「北欧神話」の物語は、『古エッダ』や『スノリのエッダ』を原典としますが、これらは必ずしも物語順には描かれていません。
もともとは、それぞれが口頭で語られた単独の「詩」なので、「出来事」や「神々のプロフィール」単位で配置されており、物語の時系列が明示されているわけではないのです。
そのため、文献や登場人物の状況、アイテムの所持状況から時系列を推定する必要があるのですが、これがなかなか難しい…



例えば以下のような感じじゃ
- ヴァン戦争でオーディンが投げたのがグングニルなら、それがもたらされた場面にヴァン神族のフレイがいるのは矛盾する
※普通の大槍だったとする説もある - ヴァン戦争のきっかけとなったグルヴェイグを貫いたのがグングニルなら、これまた順番が前後する
※この場合の「槍」は、集団での暴行の暗喩とする説もある
などなど…
どうにかまとめようとした筆者は発狂しかけたので、このシリーズでは、
- できるだけスムーズに理解しやすい
- 可能な限り矛盾が生じない、納得しやすそうな
流れで物語をご紹介しています。





序盤と終盤のメインストーリーは固まってるけど、
それ以外は自由度が高いオープンワールドゲーみたいなもんかな



だから難しいツッコミはしないでね☆
巨人族最強の剛腕登場!
しかし調子に乗りやすい性格が災いして無事に頭蓋骨を粉砕される
ある日、8本脚の駿馬スレイプニルに跨り、巨人の国ヨトゥンヘイムを通りがかった最高神オーディン(Óðinn)。
そんな彼に、地上から声をかけてくる者がありました。



空でも海でも自由に飛んで!!
兄さんは素晴らしい馬をお持ちのようですな!!
その声の主は山の巨人フルングニル(Hrungnir)。
アース神族の王が所有する名馬が気になって仕方がない彼は、つい迂闊にも、質の悪さに定評のある主神を呼び止めてしまったのです。



まぁこやつは「世界最速」とも言われとりましてのぅ!



これほどの馬は、巨人の国にもおりますまい!
分かりやすい自慢と煽りで返すオーディンに対し、フルングニルもまた分かりやすい反応を示します。



確かにその馬は大したものだが、
わしはもっと速い馬を持っとるぞ!



それがこの「金のたてがみ」という馬だ!!


フルングニルはそう言って自慢の愛馬グルファクシ(Gullfaxi)に跨ると、拍車をかけて走り出し、オーディンとスレイプニルを追いかけました。



計画通り
実は、ここまでの一連のやり取りはすべて、オーディンが狙って引き起こしたものでした。
巨人が所有する名馬グルファクシを狙った最高神が、単純な性格をもつフルングニルを挑発するために、あえてこれ見よがしにヨトゥンヘイムの空を駆けていたのです。



私というものがありながら…


見事なまでに策略に乗せられたフルングニルと、いつも誰かを騙しているオーディンのホースレースは、なかなかのデッドヒートを繰り広げました。
オーディンとスレイプニルは、追い抜かれる寸前のところでアースガルズへと滑り込みましたが、フルングニルとグルファクシもまた勢いのままに、完全アウェイである神々の国へと飛び込みます。


オーディンらアース神族が暮らすこのアースガルズには、『神聖な神々の国で血を流してはいけない(≒争いごとはダメ)』という鉄の掟がありました。



ここでフルングニルをシバき倒してグルファクシを奪う、
という選択肢はとれんのじゃ
アース神たちはルール通りフルングニルを客人として招き入れ、酒宴の席を用意して彼をもてなします。
神々の裏の意図を読み取らない単純な山の巨人は、勧められるがままに酒を煽り、次第に有頂天になって好き勝手なことを言い始めました。



ここにある酒は全部わしが飲み干したるでぃ~



立派なヴァルハラの宮殿は
ヨトゥンヘイムに持って帰ろうかな~
神々の悪口まで言い出したフルングニルに段々イライラしてきたアース神たちは、東方に遠征に出ていた雷神トール(Þórr)を呼び戻します。
「巨人スレイヤー」として名高い彼に、質の悪い酔っぱらいを処分してもらおうと考えたのです。
国へと戻ったトールは酩酊したフルングニルを見て大いに腹を立てますが、そこはアースガルズの領内であるうえに、相手はオーディン自身が招き入れた客人。
自慢の大槌ミョルニル(Mjölnir)を振るうわけにもいきません。


『トールと巨人の戦い』1872年 PD
その様子を見たフルングニルは、余裕の表情でこう言いました。



丸腰の相手を倒しても、お前さんの名誉にはならんよ



わしが武器を持ってきていればな~、
すぐにでもぶっ飛ばしてやるんだが
この状況にチャンスを見出したオーディンは、後日、アースガルズとヨトゥンヘイムの国境にあるグリュートトゥーナガルザル(Grjóttúnagarðar)で正式な決闘を行うよう提議します。
この戦いでフルングニルが死んでくれれば、漁夫の利で彼の愛馬グルファクシが手に入ると踏んだのでしょう。
フルングニルとトールの決闘の噂は、神々のあいだにも、巨人族のあいだにも瞬く間に広がりました。
特に、フルングニルは巨人族最強とも謳われた豪傑だったので、その勝敗は、一族の運命そのものを占う重大事でもあったのです。
霜の巨人たちはフルングニルの助太刀をさせるために、高さ9マイル(14.5km)に胸幅が3マイル(4.8km)もある、とてつもなく大きな粘土の巨人を作り上げました。


一方、アース神族代表の雷神トールも、従者シャールヴィ(Þjálfi)と共に現地に到着します。
こうしてついに、多くの神々と巨人たちが注目する一大決戦の火蓋が切られました。
トールに付き従うシャールヴィは、モックルカールヴィ(Mökkurkalfe)と呼ばれた粘土の巨人と対峙します。
しかし、その巨人の動力源には一頭の牝馬の心臓が使われていたので、トールが轟かせる雷鳴と電光に震え上がってしまうほどに臆病でした。
結局、前哨戦ともいえるこの対決は、シャールヴィの勝利であっさりと終わります。


時を同じくして、真打ちであるフルングニルとトールは、互いに正面から向き合い鋭く睨み合っていました。
フルングニルの手には石の盾と砥石が、トールの手には大槌ミョルニルが握られています。



わっはっは、トール様はお前を地下から攻撃するから、
そんな盾は無意味やで!



えっ、そうなん?
またしても敵の言うことを素直に信じ、盾を地面に置くフルングニル。


『トールとフルングニル』1865年 PD
しばしの静寂の後、両者はそれぞれの得物を、相手に向けて力いっぱい投げつけました。
トールが投げたミョルニルは砥石とぶつかり合ってこれを打ち砕き、狙い違わずフルングニルの頭蓋骨を粉砕します。
一方、巨人が投げた砥石は欠片となって、雷神の頭にめり込みました。
さすがのトールもよろけてうつ伏せに倒れてしまいますが、なんとその上に、即死したフルングニルの巨大な身体が倒れ込んできます。
巨人の下敷きとなり身動きがとれないトール、力自慢の彼も、この状況ではどうすることもできませんでした。
もちろん他のアース神たちにも、巨大なフルングニルの身体を持ち上げることはできません。



ぐぬぅ、ここまでか…
そこにふらりと現れたのが、生まれてからまだ3日しか経っていないトールの息子・マグニ(Magni)です。
怪力の遺伝子を継承した彼は、トールをおさえつけているフルングニルの足を軽く持ち上げ、いとも簡単に父親を救出してしまいました。



父上、遅れて悪かったのぅ
こんなもん、わしがおったらワンパンやったのに
最強の巨人を打ち倒し、決闘に見事勝利した雷神と、さらなるポテンシャルを感じさせる幼い息子の共演。
マグニのことを誇らしく思ったトールは、フルングニルが遺した名馬グルファクシを、褒美として息子に与えました。




元々この馬を狙っていたのはオーディンでしたが、大いに盛り上がる大観衆の前で行われた授与式だったので、さすがの最高神でも口を挟むことができません。
そのためトールは、この出来事によって大いに主神の不況を買うことになったとも伝えられています。
こうして山の巨人フルングニルは、他の巨人族と同様にアース神族と関わったがために、あらゆるものを奪われて悲惨な末路を辿ることになりましたとさ。
めでたし、めでたし。
飲み会用の大釜を「借りに」行くついでに、
因縁の相手ヨルムンガンドと再会を果たす
雷神トール(Þórr)はある日、巨人の国ヨトゥンヘイムを流れる毒の川エーリヴァーガル(Élivágar)の東にある、海の巨人ヒュミル(Hymir)が住む館を訪れました。
目的は、巨人の王ウートガルザ・ロキ(Utgarða Loki)の居城における勝負で彼に恥をかかせた、大蛇ヨルムンガンド(Jörmungandr)への復讐を果たすこと。
巨人の王から「力試し」を持ち掛けられたトールは、巨大なヨルムンガンドの身体を持ち上げられず、その勝負に敗北を喫していたのです。
とはいえ、これはあくまでもトール個人の用事で、本来の目的は別にありました。
あるとき、アースガルズの神々は盛大な宴会を開いて盛り上がろうとしましたが、人数分の酒を醸すだけの大釜がありません。
彼らは海神エーギル(Ægir)に酒宴の用意を依頼しましたが、やはり大釜がないと話にならないと断られ、ほとほと困り果ててしまいました。


そんな折、軍神テュール(Týr)が



うちの実家の父が、確かとんでもなく
巨大な釜を持っていましたね
と言い出したので、トールが交渉役に命じられ、2人でヨトゥンヘイムにやって来たというのが今回の旅の発端となっています。
今回は巨人の息子説を採用したよ




テュールの母親は2人のアース神を温かく迎え入れますが、乱暴者の夫がどのような態度に出るか分からなかったので、彼らを屋根の下にかけ並べている釜の陰に隠しました。
というのも、ヒュミルの親友である山の巨人フルングニル(Hrungnir)が、トールとの決闘の末に敗北し、その命を落としていたのです。
やがて、髭にたくさんの氷柱をぶら下げたヒュミルが猟から戻ってくると、妻は夫に、息子が久々に帰省した旨を知らせました。
それを聞いたヒュミルが天井の方をキッと睨むと、その鋭い眼光に梁は折れて柱は砕け、釜はガラガラと落ちて壊れてしまいます。



ど~も~、雷神トールで~す
隠れても仕方がないと判断した神々はのそのそと前に出て、館の主人であるヒュミルに挨拶をしました。
「巨人スレイヤー」として名高いトールを見たヒュミルも心中穏やかではありませんが、とにもかくにも息子とその同行者を夕飯に招待します。
空気も読めなければ遠慮も知らないトールは、晩餐用に捌かれた3頭の牛のうち、2頭を1人で平らげてしまいました。


あきれた館の主が



明日の晩は海で獲れたものを食べんとのぅ…
漁に出るべや…
というと、問題の張本人である雷神は



息抜きがてら、わしもついて行くぞ
と答えます。
あくる日の朝、ヒュミルが釣りに出かける準備をしていると、トールも昨晩の言葉通り漁に同行すると言いました。
餌がないと言う雷神にヒュミルが



家の裏に行けば、なんかあるやろ
と、つっけんどんに返すと、トールは巨人が所有する大きくて真っ黒な牡牛の首をねじ切って持ってきます。



うわぁ…
ほんとアース神族って嫌い…
遠慮を知らないという次元を超えた、常識やマナーが一切通用しない自己中心的な輩に辟易としながらも、ヒュミルは今晩の食材を得るために船を出しました。
トールの要望でいつもより沖合に出た2人は、さっそく釣りを始めます。


漁を生業としているヒュミルは、ここぞとばかりに良いところを見せて、鬱陶しい雷神にマウントを取ってやろうと考えました。
その腕に偽りなし、彼は大きな鯨をぽんぽんと釣り上げ、時には2頭いっぺんにゲットしてみせます。
その一方、牛の頭を丁寧に釣り針に括り付けたトールは、渾身の一投を海に向けて放ちました。



痛ダダダダ…!!!!
ここで釣り上げられたのは、トールの永遠のライバルである大蛇ヨルムンガンド。
トールが大槌ミョルニルでその頭を殴ると、ヨルムンガンドは大きく咆えて大地を揺らし、海の底へと沈んでいきました。


1893年版『エッダ』の挿絵 PD



でも死んでないよ!
2人の決着はコチラ!!


2人は漁を終えて船を返しましたが、ヒュミルは不機嫌になってろくに口を利きません。
なんせ彼は、得意としている釣り勝負(と本人が思い込んでいる)においても、「世界を取り巻く大蛇を釣り上げる」という大どんでん返しを食らってしまったのですから。
さらに、ヒュミルがトールに



釣った鯨を家まで運ぶか、船を小屋に片付けてよ
と、重めの仕事を頼むと、彼は獲物と船底にたまった水ごと船を持ち上げて、いとも簡単に巨人の館へと運んでしまいました。
なんとなく負けた気がしてイライラするヒュミルは、それでも意固地になって雷神の力を認めません。



そんなんで力自慢されてもね~
わしの丈夫な杯を壊せんようではまだまだじゃぃ



ほ~ん、貸してみろや


トールは杯を受け取ると、すぐさま石の柱に向けて力いっぱい叩きつけますが、そのグラスは魔法でもかかっているのか、傷一つ付きませんでした。
その様子を面白がった巨人の妻は、「どんなものよりも固い石頭をもつヒュミルに、その杯を投げつけてごらん」と、トールにそっと耳打ちします。
雷神がその通りにすると、ついに頑丈なグラスは粉々に砕け散ってしまいました。



あぁ…
わしの大事な宝が…
頭は無事でもお気に入りの食器を失って意気消沈するヒュミル、しかしこうなっては、彼も雷神トールの力を認めないわけにはいきません。
ここで、それまでほとんど存在感のなかった館の主の息子・テュールが、こう切り出しました。



実は、大きな釜を必要としていてね
お父ンの持ってるバカでかいあれ、貸してもらえんやろか



別にエエょ…
ま、持ち運べればの話やけどね…
テュールは例の大釜を動かそうと必死に力をこめますが、あまりにも大きいその鉄瓶はびくとも動きません。
ヒュミルも、「こんな大きな物をどうせ持って歩けはしないだろう」と高を括って、譲渡の話を受け入れていたのです。
しかし、そしてやはり、ここで登場するのが剛力の雷神トール。
彼は大釜を逆さにしてすっぽりとかぶると、床を踏み抜いてこれを持ちあげ、釜の輪っかをガチャガチャと鳴らしながら歩きだしました。





アババババ
すっかりプライドを傷つけられた上、本当に大切な家宝まで持っていかれそうになったヒュミルは、ここでなりふり構わぬ行動に出ます。
館で召し抱えている手勢に命じてトールたちを襲撃させ、大釜を取り戻そうとしたのです。
むしろこの展開は、いつも喧嘩の相手を探している雷神にとって大好物。
トールはミョルニルを振り回して「荒地の鯨(巨人たちのこと)」に鉄槌を下し、怒り狂ったヒュミルも見事に返り討ちにしてしまいました。



お父ン…
こうして、トールとテュールは目的を果たしてアースガルズへと戻り、大釜を手に入れたアース神族の神々は、これ以降酒に不自由することがなくなったのです。
めでたし、めでたし。



結局は、アース神族が他者をぶっ飛ばして
何かを手に入れる話なんだよね!


一家総出で憎き雷神の討伐を画策した巨人の親子、
シンプルに返り討ちにされる
ある日、狡知の巨人ロキ(Loki)が愛と豊穣の女神フリッグ(Frigg)から「鷹の羽衣」を借り受け、大きな鳥の姿で空を飛んでいた時のこと。





アベゥ!!
彼は突如として、何者かによる襲撃を受けてしまいます。
しばらくして目を覚ましたロキは、自分を捕縛した相手が霜の巨人ゲイルロズ(Geirröd)であることを知りました。
彼は念のために自分の素性を隠しますが、ゲイルロズはそんなロキを、3ヶ月ものあいだ飲まず食わずの状態で監禁します。
さすがに命の危険と限界を感じたロキは自らの名を明かし、ゲイルロズにこう言いました。



お、おどれェ…
いったい何が目的じゃぁ…



お前んとこのトール、あいつをおびき出せやぁ
ゲイルロズは、「巨人スレイヤー」として数多くの巨人族を葬った憎き雷神トール(Þórr)を倒すために、いつも行動を共にしているロキを利用しようとしたのです。
さらに彼は、雷神が普段身に着けている魔法の力帯メギンギョルズ(Megingjörð)*と、アース神族最強の武器と言われる大槌ミョルニル(Mjölnir)を携帯せず、丸腰の状態で来るようにと条件をつけました。
※トールの装備品で、身に着けると力が2倍になるとされる。そのまんま「力の帯」の意。
背に腹は代えられないロキはその要求を飲み、いつもの口車でトールの巨人に対する敵愾心を煽って、どうにか彼を巨人の国ヨトゥンヘイムへと連れ出します。



このタイミングで逃げればいいじゃん



それはまぁ、いろいろあってできんのじゃ


トールとロキの2人は旅の途中、霜の巨人グリーズ(Gríðr)の家に立ち寄りました。
彼女は、最高神オーディン(Óðinn)とのあいだに森の神ヴィーダル(Víðarr)を生んだ女性でもあります。
アースガルズからの客人をもてなしたグリーズは、ロキが席を離れるのを待って、そっとトールに「あなたは狙われている」と耳打ちしました。



なんじゃと!
彼女はトールに、「鉄の手袋」と「魔法の力帯(おそらくメギンギョルズとは別の物?)」、そして「グリダルヴォル(Grídarvöl)*」と呼ばれるこん棒を渡します。
※「グリーズの杖」の意
しっかりとした装備に身を包み、メンタル面も警戒モードに切り替えた雷神は、ロキを伴って恩人グリーズの住家をあとにしました。


『トールのゲイロズガルドへの旅』1906年 PD
一行がヴィムル川を渡っている途中、トールは不自然に川の水位が上がり始めたことに気が付きます。
彼がはるか先に目を見やると、ゲイルロズの娘のひとりであるギャールプ(Gjálp)が川に跨って、用を足すことで洪水を起こそうとしているのが見えました。



汚ったねぇ、それは止めろや!!
トールは彼女に石を投げつけて見事に命中、一旦は進路妨害を撃退することに成功します。
『トール讃歌』と呼ばれる文献では、この旅にはトールの従者シャールヴィ(Þjálfi)も同行しており、主人の腰帯に捕まって必死に海を渡る彼の勇敢な姿が描かれました。
トールとシャールヴィは上陸するとすぐさま巨人の群れに囲まれますが、両者は素早く飛び上がって敵の攻撃を回避したと記されています。


そんなこんなで、ようやくゲイルロズの居城に辿りついたトールたち。
ここまでの旅程ですっかり疲れ切っていた雷神は、案内されるがままに、部屋の中央に置かれた椅子に座りこみました。


すると彼は、部屋の天井がだんだん自分の頭に近づいて来ているという異変に気が付きます。



なんじゃこりゃぁぁ!!
トールがふと足元に目を向けると、そこにはゲイルロズの娘であるギャールプとグレイプ(Greip)の姿が。
彼女たちは雷神が座った椅子を持ち上げて、トールを天井との間に挟んで圧し潰してしまおうとしたのです。



変わったやり方じゃのぅ
とは思いつつも、トールはグリーズから預かったこん棒グリダルヴォルを振り回して天井を破壊。
さらに彼は、足元にいる2人の娘たちを踏みつぶしながら、どうにか無事に地上に降り立ちます。
この戦いによって、ギャールプとグレイプは背骨が折れて椅子の下敷きとなり、姉妹揃って再起不能となりました。



お、おどれェ…
よくも可愛い娘たちを!
ここでついに、計画の首謀者である霜の巨人ゲイルロズが登場し、トールに宣戦を布告します。
彼は真っ赤に焼けた鉄球を雷神に向けて投げつけますが、トールは鉄の手袋を装備していたのでこれをなんなくキャッチ、逆にゲイルロズに向けて投げ返しました。


予想外のリアクションに柱の陰に隠れるゲイルロズですが、剛力を誇る雷神が投げた鉄球は彼を柱ごと打ち貫き、一瞬にしてその命を奪ってしまいます。
こうしてあっけなくも、巨人の3人家族が画策した「憎き雷神討伐計画」は、見事な返り討ちによって失敗に終わました。



本当にやられるために出て来たようなキャラだったわね



物語を面白くするためには、誰かがやらないけん仕事なんよ…
北欧神話をモチーフにした作品



参考までに、「北欧神話」と関連するエンタメ作品をいくつかご紹介するよ!
おわりに
今回は、北欧神話の物語「雷神の槌と霜の巨人-後編-」について解説しました。



今回も複数の巨人たちが散っていったわね



トールの冒険譚は、これにて一旦完結だよ!
パパトトブログ-北欧神話篇-では、北の大地で生まれた魅力的な神々や彼らの物語をご紹介していきます。
神さま個別のプロフィール紹介や神話の名場面をストーリー調で解説など、難しい言葉はできるだけ使わずに、あらゆる角度から楽しんでもらえるように持って行こうと考えています。
これからも「北欧神話」の魅力をどんどんご紹介してきますので、良ければまた読んでもらえると嬉しいです!



また来てね!
しーゆーあげん!
参考文献
- 山室静 『北欧の神話』 ちくま学芸文庫 2017年
- 谷口幸男訳『エッダ-古代北欧歌謡集』新潮社 1973年
- P.コラム作 尾崎義訳 『北欧神話』 岩波少年文庫 1990年
- 杉原梨江子 『いちばんわかりやすい北欧神話』 じっぴコンパクト新書 2013年
- かみゆ歴史編集部 『ゼロからわかる北欧神話』 文庫ぎんが堂 2017年
- 松村一男他 『世界神話事典 世界の神々の誕生』 角川ソフィア文庫 2012年
- 沢辺有司 『図解 いちばんやさしい世界神話の本』 彩図社 2021年
- 中村圭志 『世界5大神話入門』 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2020年
- 歴史雑学探求倶楽部編 『世界の神話がわかる本』 Gakken 2010年
- 沖田瑞穂 『すごい神話 現代人のための神話学53講』 新潮選書 2022年
- 池上良太 『図解 北欧神話』 新紀元社 2007年
- 日下晃編訳 『オーディンの箴言』 ヴァルハラ・パブリッシング 2023年
他…
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