
こんにちは!
忙しい人のための神話解説コーナーだよ!
この記事では、忙しいけど北欧神話についてサクっと理解したいという方向けに、『エッダ』をベースにした神話のメインストーリーをざっくりとご紹介していきます。
とりあえず主だった神々の名前と、ストーリーラインだけ押さえておきたいという方向けのシリーズとなります。
個々の神さまについての詳細は個別記事で解説していますので、良ければそちらもご覧ください。



とりあえず大まかな流れをつかむというコンセプトじゃ
補足情報は【Tips】として解説しとるが、
読み飛ばしても全然OKじゃぞ



関連記事のリンクを貼っているから、
気になった方はそちらもチェックしてね



ではさっそくいってみよう!



忙しい人はコチラから本編にすっ飛びじゃ
この記事は、以下のような方に向けて書いています。
- 北欧神話にちょっと興味がある人
- 北欧神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
- とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人
- 北欧神話のメインストーリーをざっくりと把握できます。
- あなたのエセ教養人レベルが1アップします。
まじで忙しい人のための結論
本気で忙しいあなたのために、今回ご紹介する物語のストーリーラインを、箇条書きでざっくりまとめておきます。



ぱっと見で把握してね



何ならここを読むだけでもOKじゃぞ
今回ご紹介する『オーディンの旅』のストーリー
- 巫女ヴォルヴァ(völva)による世界滅亡の予言、霜の巨人の脅威を重く見た最高神オーディン(Óðinn)は、さらなる「知識」と「知恵」を求めて世界を放浪する。
- 右目を犠牲に差し出したオーディンが、「ミーミルの泉」の水を飲んで膨大な叡智と未来を見通す力を手に入れる。
- さらに賢くなろうと考えたオーディンが、大槍グングニル(Gungnir)で自らの身を貫き、世界樹ユグドラシル(Yggdrasill)に吊り下がってルーン文字の秘密を会得する。
- 霜の巨人スットゥング(Suttungr)とその一家に詐欺を働いたオーディンは「詩人の蜜酒」を入手し、さらなる「知恵」と「詩人になる才能」を獲得する。
- 戦死者の館ヴァルハラ(Walhalla)にエインヘリヤル(einherjar)を集めようとしたオーディンは、人間の世界に「争い」と「不和」の種を蒔きまくり、結果として世界滅亡を確実なものとしてしまう。
- 狡知の巨人ロキ(Loki)の悪ふざけに巻き込まれ、何の成果も得られませんでした回もある。
そもそも「北欧神話」って何?
「北欧神話」とは、北ヨーロッパのスカンジナヴィア半島を中心とした地域に居住した、北方ゲルマン人の間で語り継がれた物語です。
1年の半分が雪と氷に覆われる厳しい自然環境の中で生きた古代の人々は、誇り高く冷徹で、勇猛で死もいとわない荒々しい神々を数多く生み出しました。
彼らの死生観が反映された「北欧神話」の物語は、最終戦争・ラグナロクによって、神も人間もあらゆるものが滅亡してしまうという悲劇的なラストを迎えます。
現代の私たちが知る神話の内容は、2種類の『エッダ(Edda)』と複数の『サガ(Saga)』という文献が元になっています。
バッドエンドが確定している世界でなおも運命に抗い、欲しいものは暴力や策略を用いてでも手に入れる、人間臭くて欲望に忠実な神々が引き起こす様々な大事件が、あなたをすぐに夢中にさせることでしょう。


「北欧神話」の全体像は、以下で解説しているよ!


主な登場人物



この物語の登場人物(神)をざざ~っと挙げておくぞい
詩篇Ⅲ-Ⅰ:オーディンの旅
―前回までのあらすじ
昔、オーディンをはじめとする神々が、アース神族の世界アースガルズ(Ásgarðr)に暮らし始めて間もない頃のこと。
黄金の女神グルヴェイグ(Gullveig)が神々の国を訪れ、「セイズ呪術」を流行させました。
アース神族は悪徳を蔓延させたとしてグルヴェイグを3度処刑しますが、これがきっかけでヴァン神族との間に戦争が勃発します(ヴァン戦争)。
長きに渡る争いの後、アース神族とヴァン神族は和解し、人質として富と豊穣の神ニョルズ(Njǫrðr)、豊穣の神フレイ(Frey)、愛と美の女神フレイヤ(Freyja)がアースガルズにやって来ました。
その後、オーディンと義兄弟の契りを結んだ狡知の巨人ロキ(Loki)が、大槍グングニル(Gungnir)や大槌ミョルニル(Mjölnir)などの宝物を神々にもたらします。
その一方、「ロキの子どもたちが災いをもたらす」という予言を信じたオーディンが、大蛇ヨルムンガンド(Jörmungandr)と冥界の女王ヘル(Hel)を追放し、巨狼フェンリル(Fenrir)をアースガルズに勾留しました。
しばらく後、アースガルズの城壁を造るという鍛冶屋の仕事を妨害した神々は、成果物だけを没収し、その過程で駿馬スレイプニルが誕生します。
こうして堅牢な神々の国が完成し、北欧神話を彩る主要な神々が揃い踏みしました。
彼らはここから「最終戦争ラグナロク」に至るまで、それぞれがぞれぞれの思惑のままに、自由奔放に暴れまわることになるのです。



今回は、オーディンが「知識」と「知恵」を
探求した物語を紹介するわよ



純粋な知的探求心、巨人族との軋轢、巫女による最終戦争ラグナロクの予言などが彼を突き動かしたんだ!
お知らせ
ご紹介している「北欧神話」の物語は、『古エッダ』や『スノリのエッダ』を原典としますが、これらは必ずしも物語順には描かれていません。
もともとは、それぞれが口頭で語られた単独の「詩」なので、「出来事」や「神々のプロフィール」単位で配置されており、物語の時系列が明示されているわけではないのです。
そのため、文献や登場人物の状況、アイテムの所持状況から時系列を推定する必要があるのですが、これがなかなか難しい…



例えば以下のような感じじゃ
- ヴァン戦争でオーディンが投げたのがグングニルなら、それがもたらされた場面にヴァン神族のフレイがいるのは矛盾する
※普通の大槍だったとする説もある - ヴァン戦争のきっかけとなったグルヴェイグを貫いたのがグングニルなら、これまた順番が前後する
※この場合の「槍」は、集団での暴行の暗喩とする説もある
などなど…
どうにかまとめようとした筆者は発狂しかけたので、このシリーズでは、
- できるだけスムーズに理解しやすい
- 可能な限り矛盾が生じない、納得しやすそうな
流れで物語をご紹介しています。





序盤と終盤のメインストーリーは固まってるけど、
それ以外は自由度が高いオープンワールドゲーみたいなもんかな



だから難しいツッコミはしないでね☆
「知識」と「知恵」を求めるあまり、
自らの右目をも犠牲に差し出す
最高神オーディン(Óðinn)は知的好奇心が非常に旺盛な神さまで、フギン(Huginn)とムニン(Muninn)という2羽のカラスを毎朝空に放っては世界中の情報を集めさせたほか、自らもアースガルズの玉座フリズスキャールヴ(Hliðskjálf)からすべての世界を見渡して、あらゆる出来事を把握しておこうと努めました。
そんな彼の行動の動機は、究極的には最終戦争ラグナロクを回避することにありましたが、もともとの理由は、かつて自分が世界の隅に追いやった霜の巨人たちからの復讐を恐れていたからだと考えられています。



ユミルを倒した時にほぼ全滅させたうえ、
ヨトゥンヘイムに押し込めちゃったものね



寝首を搔かれぬために、より賢くなる必要があるのじゃ



彼はヴォルヴァ(völva)と呼ばれる巫女から、
世界滅亡の予言を聞いておるのじゃ
こういう場合、普通の最高神なら偉そうに玉座に座ったまま部下を各地に派遣して、彼らが持ち帰った成果物を当たり前のように自分のものにしてしまうもの。
しかし、ここがオーディンの面白いところで、彼は自らの足で世界各地を旅し、時には命を落とす寸前まで体を張ることで、大いなる知識・知恵をその手に収めているのです。
北欧神話の世界そのものである世界樹ユグドラシル(Yggdrasill)は、3本の大きな根によって支えられていますが、そのうちの1本は巨人の国ヨトゥンヘイム(Jötunheimr)へと伸びていました。
さらにその根の先端は、あらゆる知識と知恵をたたえた「ミーミルの泉」へと続いています。


それを知っていたオーディンはある日、さらに偉大な知恵を身につけるために、泉の番人である知恵の巨人ミーミル(Mímir)のもとを訪れました。
彼は巨人族ですが、アース神族とヴァン神族の戦い(ヴァン戦争)の講和の際に紆余曲折あって首を刎ねられ、オーディンの治療によって首だけの状態で蘇生し、それ以来この知識の泉を見守っているのです。
ミーミル自身も泉の水を飲んでいるので、彼は身体があった時代よりもさらに賢くなっていたとされています。
紆余曲折はコチラだよ!





泉の水が飲みたいとな…?
ほんならその代償に片方の目をもらおうかのぅ



できらあっ!



え!!知識の対価として片目を!?
ミーミルは泉の水を一口飲ませる代わりに、オーディンに片方の目を差し出すよう要求しました。
さすがの最高神も一瞬ひるみましたが、膨大な量の知識が得られるという誘惑と、来たる戦いに備えるという必要性から、ついに彼も意を決します。
オーディンは自分で自分の右目を抉り出すと、それをミーミルの泉に投げ込みました。



まじでやりおった…
甥よ、本気でこの世界の問題に首を突っ込む気なのじゃな…
※ミーミルはオーディンの叔父にあたるよ



首だけに…
その様子を見届けたミーミルは、泉の水で満たされた大きな角の盃を彼に渡します。
オーディンはなみなみと注がれた水を一気に飲み干し、これまで以上に賢くなったうえ、未来をも見通す力を得たと伝えられています。


-オーディンが泉の水を飲む場面 1903年 PD



この時に使われた角の盃は、後に光の神ヘイムダル(Heimdall)が所有するギャラルホルン(Gjallarhorn)とも言われているよ!



より賢くなったことで、ラグナロクが
避けられないことも知ってしまうのよね
「知識」と「知恵」を求めるあまり、
自ら串刺しになり木に吊り下がる
自分の知性を高めるためなら片目すら差し出すオーディンですが、その常軌を逸した気合の入りっぷりは、彼をより危険でストイックな行動に走らせました。
大いなる知恵と不老の力を得たいと願ったオーディンはある日、自らこの世界そのものである世界樹の枝に吊り下がって、自分の身体をグングニル(Gungnir)の大槍で貫きます。
その状態のまま九日九夜の苦行に耐え抜いた彼は、神秘の力を授けるという「ルーン文字」の秘密を会得しました。
オーディンはこの時ほとんど命を落とす直前でしたが、たまたま縄が切れたため一命を取り留めたとされています。



命賭けすぎーっ!!
世界樹ユグドラシルの「ユグ」は「恐ろしい者」「恐るべき者」の意でオーディンを指し、「ドラシル」は「馬」の意で、その名称は「オーディンの馬」という意味をもっています。
昔のヨーロッパでは罪人が絞首刑になることを洒落て「馬に乗る」と表現したことから、オーディンが樹に吊り下がった様子を「馬に乗った」とみて、この樹をユグドラシル(≒オーディンの馬)と名付けたのだそうです。
余談ですが、タロットカードにある「吊るされた男(The Hanged Man)」のデザインは、このときのオーディンの姿がモチーフになっているんだとか。







問題は多いけど、ここまで背中で見せてくれる
トップもなかなかいないわよね…
巨人族との対立を想定して、あるいは純粋に個人的な知的欲求を満たすために世界中を放浪し、あらゆる知識と知恵を求めたオーディン。
しかし彼は、旅の途中で受けた様々な予言から神々の破滅(≒最終戦争ラグナロク)が必ず訪れることを知り、その不安から知識へのこだわりをさらに強めていくことになります。



オーディンの不安を煽った予言は以下のようなものじゃ
- 知識の巨人ヴァフスルーズニルの予言
-
- 太陽は巨狼フェンリルに捕えられるが、彼女はその前に娘を生んでいる。神々が死んだ後は、娘が母の後を継いで軌道を巡るよ。
- 炎の巨人スルトの炎が消えるとき、森の神ヴィーダルと復讐の神ヴァーリ(オーディンの息子たち)が神々の家に住むよ。雷神トールの息子モージとマグニが戦いのあと、父の槌ミョルニルを手に入れるよ。
- 狼(≒フェンリル)が万物の父(≒オーディン)を飲み込み、息子のヴィーダルがその復讐を遂げるよ。
パパ、ときどきトトのゆるっと神話…【オーディンと22の問答で知恵比べ】知識の巨人ヴァフスルーズニル【北欧神話】 | パパ、ときどきトトのゆ… 今回は北欧神話より知識の巨人ヴァフスルーズニルをご紹介!最高神オーディンすらも嫉妬するほどの博識ぶりを誇った彼は、身分を偽った主神に挑まれ18の「知恵比べ」対決を… - 冥界の女王ヘルの予言
-
- 盲目の神ホズが光の神バルドルの命を奪うよ。(両方ともオーディンの息子)
- オーディンの息子ヴァーリは生まれて一夜経つともう戦うよ。彼はバルドルの敵を火あぶりにするまで休まないよ。
- 狡知の巨人ロキが捕縛から解かれ、破壊者として神々の終末がいたるまで、私を訪ねてくるものはいないよ。
パパ、ときどきトト【地の底のニブルヘルで死者の魂を真面目に支配】冥界の女王ヘル【北欧神話】 | パパ、ときどきトト 今回は北欧神話より冥界の女王ヘルをご紹介!悪戯の巨人ロキとアングルボザの子である彼女は死者の世界ニブルヘルに冥界の支配者として君臨したよ!不吉な予言を受けて地底… - 悪竜ファヴニールの予言
-
- すべての神々が戦う場所はオースコープニルだよ。彼らが渡り終えると虹の橋ビフレストは壊れ、馬たちは川の中を泳ぐよ。
パパ、ときどきトトのゆるっと神話…【アンドヴァラナウトに魅せられた元人間】黄金に呪われし竜ファヴニール【北欧神話】 | パパ、ときどきト… 今回は北欧神話より黄金に呪われし竜ファヴニールをご紹介!アンドヴァリの黄金に魅せられた男は父の命を奪い、弟を追放して竜の姿になって財宝を守ったよ!しかしそれは呪…
などです。



そこはかとなく不穏なものから、
ド直球火の玉ストレートまで…



そりゃどうにかしようと試行錯誤するかもね!
「知識」と「知恵」を求めるあまり、
偽名を使って詐欺も盗みも色仕掛けもやる
ミーミルの泉の水によってさらに賢くなり、ルーン文字も発明したオーディンでしたが、その知識への渇望がとどまることはありませんでした。
彼はある日、飲む者に知恵を授け、さらには詩を作る才能までも得られるという魔法の蜜酒の噂を聞きつけます。



そんなん、わしのためにあるようなモンやんけ!
オーディンはどうにかしてその霊酒を手に入れようと考え、方々を旅して調査を重ねた結果、現在は霜の巨人スットゥング(Suttungr)のもとに例のブツが秘蔵されているという事実を突き止めました。
彼は蜜酒を、誰にも奪われないようにフニットビョルグという山の洞窟に隠し、娘のグンロズ(Gunnlöð)に厳重に見張りをさせているそうな。
そこまで裏を取ったオーディンはまず、自分の名前を「ボルヴェルク」と変えて、スットゥングの弟であるバウギ(Baugi)のもとを訪ねます。



「ボルヴェルク」は「悪をなす者」や
「不幸を支配する者」という意味だよ!


そこではバウギの9人の下男たちが乾草刈りをしていましたが、彼らが使う鎌は見るからになまくらで、仕事の進捗は芳しくないようです。
オーディンが気まぐれに1人の下男の鎌を砥石で研いでやると、生まれ変わった道具の切れ味に驚いた周りの下男たちが、争ってその砥石を欲しがりました。



ほ~ん、これは使えるかも分からんね
オーディンは例の砥石を空高くに投げ上げると、



これ拾った人にあげちゃうよ~ん
と宣言します。
9人の下男たちは、我先にと落下地点に駆け付けて砥石を奪い合い、互いに切り合って全員がその命を落としてしまいました。
下準備ができたところでバウギの家を訪ねるオーディン、彼の予想通り、ターゲットは何か困った事情を抱えている様子です。



実はのぅ、9人いた下男たちが全員死んでしもうてのぅ…
これから収穫期なのにどうせぇいうんじゃい…



あっら~、それは気の毒やのぅ…(すっとぼけ
ほんならわしが、9人分の仕事しちゃるけん任しとき!



その代わり夏が終わったら、
あんたの兄貴が大事にしとる蜜酒…
一口飲ませてもらえるよう口利きしてくれや
バウギは内心難しい頼みだとは思いつつも、自身も窮地に立たされた状況だったので、ボルヴェルクことオーディンの要望を兄に伝えると約束しました。
オーディンはそれから夏の間、本当に9人分の下男の仕事を真面目にこなします。



最高神なのにほんとに自分で働いたのね


収穫も無事に済んできっちりと仕事を果たしたオーディンは、改めてバウギに蜜酒の件の約束を果たすよう求めました。
引くに引けないバウギはオーディンを兄スットゥングのもとに連れて行きますが、蜜酒を寄越せという彼の要求は、予想通りにべもなく断られてしまいます。



あ~あ~これは話が違いますねぇ~…
こうなったら別の策に手を貸してもらわんとねぇ~…



ぐぬぬ…


山に錐で穴を空けるバウギ PD
オーディンは革帯から1本の錐を取り出すと、それをバウギに手渡して、蜜酒が秘蔵されているフニットビョルグの山に穴をあけるように言いました。
きっちり仕事をしてもらっている手前、無下には断れないバウギ、彼は言われるがままに錐を回して、山の壁に穴をあけます。
穴が向こう側と繋がったことを確認したオーディンは、得意の変身術で蛇に変身すると、小さな穴にするりと潜り込んでしまいました。
慌てたバウギは錐を穴に突き刺して蛇を仕留めようと試みますが、オーディンの方が一歩素早く向こうに抜けてしまったので、もはや後の祭りです。
まんまとフニットビョルグの山に潜り込んだオーディンは、作戦の第2段階として、蜜酒を守る娘のグンロズを懐柔することにしました。
ミーミルの泉由来の知性から繰り出されるウィットに富んだ甘い囁きでグンロズを誘惑したオーディンは、いとも簡単に年頃の娘を落としてしまい、彼女とは三夜にわたってベッドを共にします。
完全にオーディンに夢中になってしまったグンロズはついに、彼の前に例の蜜酒が入った3つの壺を持ち出してこう言いました。


『グンロズ』1886年 PD



これあんたに飲ませたるよ
その代わり一口ずつね
オーディンはここぞとばかりに、オーズレーリルと呼ばれる釜に入った蜜酒を最初の一口で飲み干し、2口目でボドンの壺の中身を、3口目でソーンの壺の中身を丸ごと平らげてしまいます。
彼は身にまとうことで鷲に変身できるという魔法の羽衣を使うと、すぐさまアースガルズに向けて飛び立ちました。
後に残されたのは、状況が飲み込めずにただ呆然と立ち尽くすグンロズの姿だけでした。



アババ…


スットゥングから逃げるオーディン PD
この事実を知った霜の巨人スットゥングは怒り狂い、自身も鷲の姿に変身してオーディンを追いかけます。
オーディンは思ったより迅速な追跡に若干焦りつつも、どうにかアースガルズの城壁を越えて、胃の中の蜜酒の大半を壺の中に吐き出すことに成功しました。
とはいえ、背後にはもうスットゥングの姿が迫りつつあったため、慌てた彼は蜜酒の一部を壺の外にこぼしてしまいます。
こぼれてしまった蜜酒は、飲みたい者は誰でも飲むことが許されたので、「へぼ詩人の分け前」と呼ばれるようになったそうです。
その後、怒った巨人たちがアースガルズを訪れ「ボルヴェルク」の身柄引き渡しを要求しましたが、そんな名前の神さまは存在しないため、彼らはあきらめて帰るしかなかったと言われています。
こうして蜜酒を手に入れたオーディンは大変満足し、神々と詩が得意な人々に奇跡の霊酒を振舞いました。
それ以来、彼らは美しい言葉を組み合わせて紡ぎだし、人々の耳に心地よい詩を作る技術を身につけたのです。





う~ん、シンプルに強盗ね
アース神族と巨人との間に新たな軋轢を生むきっかけとなった「詩人の蜜酒」ですが、これはどういう経緯でスットゥングの手元にやってきたのでしょうか。
この神秘の蜜酒の主原料は、なんと神々の「唾」であると言われています。



うげげっ…!
アース神族とヴァン神族が戦いをやめて休戦協定を締結した際、神々は和解のしるしとして、一つの壺にそれぞれが唾を吐き入れて混ぜ合わせました。
彼らが平和の誓いを永遠とするために、件のたん壺に生命を与えると、壺の中からなんと1人の男性が現れます。
非常に賢く知識が豊富で、どんな質問にも簡単に答えることができた彼は、賢者クヴァシル(Kvasir)と名付けられました。


彼は旅に出て多くの人々に知識を授けましたが、ある日、フィアラル(Fjalar)とガラール(Galar)という小人族(ドヴェルグ)の兄弟に命を奪われてしまいます。
小人たちはクヴァシルの流した血に蜜を混ぜ、オーズレーリルという釜と、ボドン、ソーンという壺の中でこれを醸しました。
こうして完成したのが、物語に登場した「詩人の蜜酒」です。
この小人たちは少々調子に乗り過ぎてしまったようで、彼らは後に霜の巨人ギリング(Gilling)とその妻までも手にかけてしまいます。
事実を知った夫妻の息子のスットゥングがフィアラルとガラールを水責めにして詰めると、小人の兄弟は命乞いをして、彼に「詩人の蜜酒」を提供すると持ち掛けました。
ここでスットゥングが和解に応じたことで、彼の手元に神秘の霊酒が秘蔵されることになったのです。



ここから本編に繋がるよ!
最終戦争ラグナロクに備えて英雄の魂を集めるが、
結果的に世界の治安を悪化させる
あらゆる「知識」と「知恵」を獲得していったオーディンでしたが、彼は来たる最終戦争ラグナロクに備えて、軍備を増強することも忘れていませんでした。
オーディンはアースガルズの内部に戦死者の館ヴァルハラ(Walhalla)を設け、戦乙女ヴァルキュリア(valkyrja)に命じて、数多くの勇敢な戦死者の魂をそこに招きます。
選ばれた勇者たちの魂はエインヘリヤル(einherjar)と呼ばれ、彼らは間もなく訪れる全面戦争に備えて毎日朝から夕方まで戦い、互いに戦士としての腕を磨き続けました。




『ヴァルハラ』1905年 PD



負けて死んじゃった魂は、夕方になると復活したそうだよ!



オーディンの兵士には、
狂戦士ベルセルク(berserk)などもおったのじゃ
ラグナロクに打ち勝つには強大な軍事力が必要で、それを実現するにはたくさんの戦士の魂を集めることが必須となります。
となると当然、オーディンはそれだけの数の「人間の戦死者」を必要としたわけです。
ここから彼は、人間の世界ミズガルズに気の赴くままに介入し、時には平和な国々に不和の種を蒔いてまで戦争を起こして、強い戦士を次々にリクルートしていくのです。



オーディンが人間を振り回しまくった逸話
を簡単にご紹介するよ!
オーディンに気に入られたデンマークのハラルド戦歯王は「楔形陣形」を授けられて連戦連勝を重ねるが、最高神の関心は彼の甥であるリング王に移ってしまう。
オーディンはリングにも楔形陣形を教えてハラルド王との対立を煽り、ついにブローバラで決戦をさせるに至る。
ハラルド王は最後にもう一度だけ勝利をもたらすよう願うも、オーディンはそれを聞かず、自ら王の御者に変装して馬車に乗り込んだ最高神に蹴落とされて落命する。
『デンマーク人の事績』より
ヴォルスング家の王シグムンド(Sigmund)はオーディンから剣を授けられたことで数々の困難を乗り越え、勝利を重ねていく。
しかし最後にはオーディン自身がその剣(後の魔剣グラム)を折ってしまい、そのせいで戦の形勢を逆転され命を落とした。
『ヴォルスンガ・サガ』より


デンマークのロルブ・クラキ王は名君の名を欲しいままにしたが、オーディンに捧げ物をしなかったことで彼の怒りを買い、従属させていた小国の王の謀反を受けて全滅した。
そのとき部下の剛勇ビャルキは、「わしらの真の敵はあの腹黒い不実者オーディンに違いないぜ」と呟いた。
『ロルブ・クラキとベズワル・ビャルキのサガ』より
「ヴァン戦争」後の態勢の立て直しと、新たな領土拡大に執念を燃やしたオーディンは、スウェーデンの王ギュルヴィ(Gylfi)の領地にデンマークの守護神ゲフィオン(Gefion)を派遣する。
策略に優れた彼女は自分の身体を使って王に取り入り、とんでもなく広大な土地を詐取することに成功した。


魔剣テュルフィング(Tyrfingr)を受け継いだヘイズレク(Heidrek)のもとを訪れたオーディンは、彼の知恵を試すために謎かけを提案する。
挑戦を受けたヘイズレクは見事にオーディンのクイズに勝利するが、これが主神の激しい怒りを買うことになる。
オーディンは王の奴隷たちに魔法をかけ、主人のテントに侵入して、眠っているヘイズレクの命を奪うよう仕向けた。




『ジークムントの剣』1889年 PD



まぁまぁ叩かれているわね



世界最古の炎上案件じゃ
いつもの3人組で旅の途中、
人間族に不幸をもたらす「呪いの指輪」の誕生に立ち会う
基本的には、明確な目的意識をもって世界を放浪したオーディンですが、時にはただただ苦労しただけで何も得られないこともありました。
これは、オーディンと狡知の巨人ロキ(Loki)、謎のアース神ヘーニル(Hœnir)が旅をしている途中で起こった出来事です。
ある日、一行が人間の世界ミズガルズ(Miðgarðr)を歩いていた時のこと。
ロキはふと、滝の近くに寝そべって鮭を食べている1匹の獺に目を留めました。
ちょっとした悪戯心を起こした彼は、手近にあった小石を手に取ると、それを力いっぱい獺に向けて投げつけます。
不幸にも頭部に一撃を受けた小動物は、その場ですぐに命を落としてしまいました。


漁夫の利で獲物を2つも得たと喜ぶ神々の一行は、その夜、フレイズマル(Hreiðmarr)という名の男が経営する宿に宿泊します。
※小人族(ドヴェルグ)とも
しかしそこでは、思いがけない衝撃的な事実が判明しました。
ロキが昼間仕留めた獺の正体が、宿の主人フレイズマルの息子オッタル(Ótr)だというのです。
漁が得意なオッタルは、日中は獺に変身して、川に潜って魚を獲っていたのだとか。
怒り狂ったフレイズマルは、別の息子のファヴニール(Fáfnir)とレギン(Regin)を呼び出して神々を縛り上げ、大槍グングニル(Gungnir)などの魔法アイテムを奪ったうえでその力を弱めてしまいます。
フレイズマルが息子の命の賠償に要求したのは、「獺の姿をした亡きオッタルの皮いっぱいに黄金を詰めて返すこと」でした。
こういう時に資金調達に送り出されるのは、決まっていつもロキ。
彼は、滝に棲む小人アンドヴァリ(Andvari)から莫大な黄金を力づくで奪うと、それらを持ち帰ってフレイズマルに渡しました。


こうして、ロキが余計なことをしたせいで大ピンチに陥った神々は、無事に自由の身となったのです。
実は、この時ロキが持ち帰った黄金の中には、アンドヴァリが呪いをかけた指輪アンドヴァラナウト(Andvaranaut)が含まれていました。
この指輪は後に複数の所有者の手に渡り、数多くの人間たちに不幸をもたらすのですが、それはまた別のお話。




北欧神話をモチーフにした作品



参考までに、「北欧神話」と関連するエンタメ作品をいくつかご紹介するよ!
おわりに
今回は、北欧神話の物語「オーディンの旅」について解説しました。



本人は良かれと思ってるんでしょうけど、
それが世界の滅亡を招くなんてね~



未来を知るがゆえに運命に抗えず、
それに備える神の悲劇性が彼の特徴だよね!
パパトトブログ-北欧神話篇-では、北の大地で生まれた魅力的な神々や彼らの物語をご紹介していきます。
神さま個別のプロフィール紹介や神話の名場面をストーリー調で解説など、難しい言葉はできるだけ使わずに、あらゆる角度から楽しんでもらえるように持って行こうと考えています。
これからも「北欧神話」の魅力をどんどんご紹介してきますので、良ければまた読んでもらえると嬉しいです!



また来てね!
しーゆーあげん!
参考文献
- 山室静 『北欧の神話』 ちくま学芸文庫 2017年
- 谷口幸男訳『エッダ-古代北欧歌謡集』新潮社 1973年
- P.コラム作 尾崎義訳 『北欧神話』 岩波少年文庫 1990年
- 杉原梨江子 『いちばんわかりやすい北欧神話』 じっぴコンパクト新書 2013年
- かみゆ歴史編集部 『ゼロからわかる北欧神話』 文庫ぎんが堂 2017年
- 松村一男他 『世界神話事典 世界の神々の誕生』 角川ソフィア文庫 2012年
- 沢辺有司 『図解 いちばんやさしい世界神話の本』 彩図社 2021年
- 中村圭志 『世界5大神話入門』 ディスカヴァー・トゥエンティワン 2020年
- 歴史雑学探求倶楽部編 『世界の神話がわかる本』 Gakken 2010年
- 沖田瑞穂 『すごい神話 現代人のための神話学53講』 新潮選書 2022年
- 池上良太 『図解 北欧神話』 新紀元社 2007年
- 日下晃編訳 『オーディンの箴言』 ヴァルハラ・パブリッシング 2023年
他…
気軽にコメントしてね!