
こんにちは!
今回はギリシャ神話より
酩酊の神ディオニュソスを紹介するよ!



これまたギリシャ神話を代表する神格ね
彼はどんなキャラクターなの?



彼は主神ゼウスと王女セメレの間に生まれた息子で、
ワインなどを通じた「自我の解放」と「超越」を司ったんだ!



ギリシャの神々のなかで、
最もつかみどころのない謎多き存在とされておるぞぃ



ではさっそくいってみよう!
このシリーズでは、忙しいけど「ギリシャ神話」についてサクっと理解したいという方向けに、「かんたん・わかりやすい」がテーマの神々の解説記事を掲載していきます。
雄大なエーゲ海と石灰岩の大地が生み出した、欲望に忠実な神々による暴力的でありながらもどこかユーモラスな物語群が、あなたに新たなエンターテイメントとの出会いをお約束します。
人間味溢れる自由奔放な神々の色彩豊かで魅力的な物語に、ぜひあなたも触れてみてくださいね。
今回は、最高神ゼウスとテーバイの王女セメレの間に生まれた青年で、神々の女王ヘラの激しい憎悪を受けながらも各地を旅して自らへの信仰を拡大し、最終的にはオリュンポス12神の1柱にも数えられるまでに成り上がった叩き上げの根性系男子・ディオニュソスをご紹介します!



忙しい人はコチラから本編にすっ飛びじゃ
この記事は、以下のような方に向けて書いています。
- ギリシャ神話にちょっと興味がある人
- ギリシャ神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
- とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人
- ギリシャ神話に登場する「酩酊の神ディオニュソス」について少し詳しくなります。
- あなたのエセ教養人レベルが1アップします。
そもそも「ギリシャ神話」って何?
「ギリシャ神話」とは、エーゲ海を中心とした古代ギリシャ世界で語り継がれてきた、神々と人間の壮大な物語群です。
夏には乾いた陽光が降り注ぎ、岩と海とオリーブの木が広がる土地に暮らした人々は、気まぐれで情熱的、そして人間以上に人間らしい神々を生み出しました。
神々は不死である一方、人間と同じように嫉妬し、愛し、怒り、そしてときに残酷な運命に翻弄されます。
現代に伝わる物語の多くは、ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』、ヘシオドスの『神統記』などの古代叙事詩を原典としています。
王族の愛憎劇に始まり、神々の争いや英雄たちの冒険、時に神と人間の禁断の関係まで——
あらゆる欲望と感情が渦巻くギリシャ神話の世界は、きっとあなたの心を掴んで離さないでしょう。


14世紀ギリシャの写本 PD
「ギリシャ神話」の全体像は、以下で解説しているよ!


酩酊の神ディオニュソスってどんな神さま?
酩酊の神ディオニュソスがどんな神さまなのか、さっそく見ていきましょう。



いくぜっ!
簡易プロフィール
正式名称 | ディオニュソス Διονυσος |
---|---|
名称の意味 | 不明 ※諸説あり |
その他の呼称 | ディオニューソス バッコス(Βάκχος) ※「騒がしい神」の意 ライエウス(Λυαιος) |
ラテン語名 (ローマ神話) | バッコス(Bakkhos) リーベル(Liber) |
英語名 | バッカス(Bacchus) |
神格 | 葡萄酒の神 植物の神 陶酔の神 快楽の神 狂気の神 熱狂の神 演劇の神 野生の神 復活の神 祝祭の神 |
性別 | 男性 |
勢力 | ギリシャの神々 オリュンポス12神に含まれる場合も |
アトリビュート (シンボル) | 豹の毛皮 蔦の冠 テュルソス(θύρσος) ※先端に蔓などで巻かれた松ぼっくりを付けた杖 剣 酒杯 葡萄 樅の木 シナモン 松 蔦植物 月桂樹 ヒヨコマメ イチジク ヒルガオ アスフォデル(不死の花) |
聖獣 | 豹 山羊 ロバ イルカ 蛇 雄牛 虎 ヤマネコ ※フクロウは嫌悪するらしい |
直属の部下 | 酒神の老従者シレノス(Σιληνός) 半人半獣の精霊サテュロス(σάτυρος) ※複数形でサテュロイ(σάτυροι) 酒神の狂信者マイナデス(μαινάδες) ※単数形でマイナス(μαινάς)、「バッカイ(βάκχαι)」とも 牧神パン(Παν) 美と優雅の女神カリテス(Χάριτες)とも |
敬称 | ディメトール(二度生まれの君) ブロミオス(鳴る君) レナイオス(葡萄絞りの君) リュシオス(解放者) ほか多数 |
主な拠点 | オリュンポス山 |
信仰の中心地 | アテナイ デルフォイ ほかギリシャ全土 |
親 | 父:雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ) 母:テーバイの王女セメレ(Σεμέλη) または 母:月の女神セレネ(Σεληνη)とも 母:原始の女神ディオネ(Διώνη)とも |
兄弟姉妹 | 異母兄弟が死ぬほど多数 |
配偶者 | クレタ島の王女アリアドネ(Ἀριάδνη) その他、 愛と美と性の女神アフロディーテ(ΑΦΡΟΔΙΤΗ) そよ風の女神アウラ(Αὔρα) 泉の精霊ニカイア(Νικαιη) カリュドーンの女王アルタイア(Ἀλθαία) アテナイの娘エリゴネ(Ἠριγόνη)とも などなど |
子孫 | アリアドネとの間に、 シキョニアの領主エウリュメドン(Εὐρυμέδων) ケラマイコスの領主ケラモス(Κέραμος) キオス島の王オイノピオン(Οἰνοπίων) ペパレトス島の王ぺパレトス(Πεπάρηθος) タソス島の戦士パノス(Φᾶνος) シキョニアの領主プリアス(Φλίας) ※「プリアソス」とも タソス島の王スタピュロス(Στάφυλος) レムノス島の王トアス(Θόασ) アフロディーテとの間に、 婚礼の神ヒュメナイオス(Ὑμεναιος) 美と優雅の女神カリテス(Χάριτες) 生殖と豊穣の神プリアポス(Πρίαπος) アウラとの間に、 秘儀の神イアコス(Ιακχος) 名もなき息子 ニカイアとの間に、 秘儀の女神テレーテ(Τελετη) アルタイアとの間に、 カリュドーンの王女デイアネイラ(Δηϊάνειρα) その他、 休息とくつろぎの女神パシテア(Πασιθεα) ※カリテスの一員にも数えられる 葡萄酒と植物の神サバジオス(Σαβάζιος) ※トラキア・フリュギア地方の神 狂乱の精霊テュサ(Θυσα) 酔いの女神メテ(Μεθη) ほか、人間族の子孫も複数 |
同一視 | 冥界の王オシリス(Osiris) 葡萄酒と植物の神サバジオス(Σαβάζιος) ※トラキア・フリュギア地方の神 ほか多数 |
概要
ディオニュソスはギリシャ神話に登場する酩酊の神です。
彼は「葡萄酒」や「植物」、「快楽」と「祝祭」、「狂気」そして「激しい熱狂」を司るオリュンポス12神で最年少の神でした。
※「オリュンポス12神」に入るのは、炉の女神ヘスティア(ΕΣΤΙΑ)の場合もある
ディオニュソスは自然の「生産的・陶酔的な力」を体現する神格とされ、その象徴である「ワイン」は、「ディオニュソスの果実」とも呼ばれています。


『バッカス』 1598年 PD
彼は、人々に「喜び」を与えると同時に「悲しみ」をもたらし、「予言」と「治癒」の力をも行使しました。
また、ディオニュソスは、樹木全般を保護する神として豊穣の女神デメテル(ΔΗΜΗΤΗΡ)と関連付けられたほか、「文明」や「法」、「平和」をもたらす神として、さらには「悲劇」と「劇場」の守護神としても崇敬を集めたと伝えられています。
彼は時代が下がると、上記の役割に加えて、「冥界」に関わる神としての性格までも帯びるようになりました。



な、なんかものすごい神さまなのは分かったけど、
具体的にどんな神さまなのかは全然分からないぜ……
と思った皆さん、ご安心ください。
今回の主人公・酒神ディオニュソスについては、紀元前1世紀頃の歴史家ディオドロスですらも、



彼について簡潔に分かりやすくまとめるのは無理よ



途方もない数の人々が、途方もない数の説を書き残していて、
どれひとつとして話が一致しないんだもの
と語っているのです。


『バッカス』 1497年 PD
当時の人ですらもはっきりと分からないことを、2000年も後に生まれた私たちが完全に把握するなんて、とてもじゃないけど無理無理――。
当記事では、「ディオニュソスの話は基本ワケが分からん」という前提に立ったうえで、
- 可能な限り時系列で
- できるだけ分かりやすく
- 盛り込める話はなるだけ掲載して
彼の足跡をまとめてみようと試みております。



一般的に王道とされる設定・物語を紹介していくぞぃ



謎多き魅力的な男・ディオ様の物語が始まるぜ~
酒神ディオニュソスのぶっ飛んだ誕生秘話
今回の主人公ディオニュソスは一般に、雷霆の神ゼウス(ΖΕΥΣ)とテーバイの王女セメレ(Σεμέλη)の息子とされています。
オリュンポスの神々の血を引くセメレは、人間ながらに類まれなる美貌を誇ったとされ、当然のように「愛に種族は関係ない」がモットーの主神に目を付けられました。
ゼウスの寵愛を受けた彼女は、これまた当然のようにその正妻・結婚の女神ヘラ(Ἥρα)に睨まれ、仕組まれた策略によって



ゼウス様の”本来の”お姿を見とうございますわ
と願い、神の威光をその身に受け、炎に焼かれて消し炭となってしまいます。


『ユピテルとセメレ』 1894年-1895年 PD
しかし、この時すでに、燃え尽きた王女の胎内には新たなる命が――。
ゼウスは、亡きセメレの身体から胎児を救出し、それを自分の太ももの中に縫い込んで月が満ちるのを待ちました。
こうして生まれた新たなる神格が、酩酊の神ディオニュソス。
後に、オリュンポス12神の1柱にもその名を連ねることになる存在です。
通常、人間の母から生まれた者は半神半人となりますが、ゼウスの体内を経由して誕生した彼は、イレギュラーながらも正真正銘、不死の神でした。



この逸話から、彼は「二度生まれの君」とも呼ばれたそうよ



2度揚げした揚げ物が美味しいのと同様、
この生まれゆえに、俺様は偉大なのよ
その後、幼いディオニュソスは伝令の神ヘルメス(Ἑρμης)に連れられて、叔母にあたるテーバイの王女イノ(Ἰνώ)とボイオティアの王アタマス(Ἀθάμας)夫妻のもとに預けられます。
しかし、神々の女王ヘラの不義の子に対する怒りは、その養育者にも容赦なく向けられ、この人間の王族は発狂の末に一家全滅という悲惨すぎる末路を辿りました。


『幼子バッカス』 1505年-1510年頃 PD



ディオニュソスも一度ヘラに八つ裂きにされて、
ゼウスによって甦らされたことがあるみたいだね!
ディオニュソス誕生のヤバすぎる詳細はコチラ!


息子の身の危険を感じた主神ゼウスは、ディオニュソスを牡鹿あるいは牡羊の姿に変え、その養育をニュサ山の精霊ニュシアデス(Νυσιαδες)に託します。
若き酩酊神はそこで幼少期を過ごし、やがて立派な青年へと成長しました。
ディオニュソスを守り育てた女性たちは、最高神によって雨の精霊ヒュアデス(Ὑαδες)とされ、「ヒアデス星団(Mel25、Caldwell41 HYADES CLUSTER)」として星々の間に置かれたとも言われています。
※別個の神格ともされる


若々しい活力にあふれたディオニュソス青年は、この後に広い世界へと旅立ち、長い放浪と数々の冒険を通じて
- 「酒」と「陶酔」
- 「文明」と「秘儀」
- 「狂気」と「救済」
といった、ある種の二面性を併せ持つ神格として、古代世界全域にその信仰を広めていったのです。


『ヒョウとバッカス』 1878年 PD



例によって、ディオニュソスの出生譚や養育者については諸説ありまくるが、ここでは代表的なものを紹介したぞぃ



次はいよいよ、俺様の俺様による俺様のための、
「酒神の偉大さ”分からせ”旅」の記録を紹介するぜ~
”神”としての威厳を分からせる!
若き酩酊神ディオニュソスの布教の旅路!



ディオニュソスの活躍を見てみよう!
ここでは、無事に独り立ちした酩酊の神ディオニュソスが、各地にその信仰を広めていった際の旅路を辿ってみましょう。
基本的に派手好きな性格をしていた彼は、初期においては美と優雅の女神カリテス(Χάριτες)を、中期以降は
- 酒神の老従者シレノス(Σιληνός)
- 牧神パン(Παν)
- 半人半獣の精霊サテュロス(σάτυρος)
※複数形でサテュロイ(σάτυροι) - 酒神の狂信者マイナデス(μαινάδες)
※単数形でマイナス(μαινάς)、「バッカイ(βάκχαι)」とも
といった大勢の仲間たちを引き連れ、ワインを飲んで顔を赤らめつつ、狂ったような踊りでどんちゃん騒ぎをしながら方々を練り歩きました。


『バッカスの勝利』 1650年 PD
ディオニュソス本人はというと、長いローブに外套を身にまとい、蔦の葉でできた冠を戴いて、手にはテュルソス(θύρσος)*と酒杯を持ち、1頭の豹の背に乗ったり、一対の獣に牽かせた戦車を操ったりしたと言われています。
※先端に蔓などで巻かれた松ぼっくりを付けた杖
あまりにも賑やかで華々しいその様子は、さながら某夢の国のエレ〇トリカルパレードのようだとも評されました(嘘)。



特に「テュルソスの杖」は、ディオニュソス一派
を示す象徴的なアイテムとされたわよ



最初は木製だったんだけど、酔った信者が
杖で殴り合って死人が出ちゃったからさ…



途中からは柔らかいフェンネルの茎で作るようにしたんだぜ~


『マリス(テュルソスを持つディオニューソスの信者)』 1899年 PD
日々、主に女性信者を獲得していったディオニュソスの一行は、―時に各地の農場を襲撃して―生きたままの羊を手で引き裂き、血を啜り、生肉を食べつつ、太鼓の音に合わせて奇声を上げながら野山を踊り狂って、古代ギリシャの為政者たちをビビらせます。
ここまでエキセントリックな宗教を実践している以上、当然と言えば当然ですが、彼らの布教の旅には常に「迫害」と「弾圧」が付きまといました。



そりゃぁ、体制側の人間は一派を脅威と見なすわなぁ…



いよいよ、ディオニュソスの冒険を
(概ね)時系列順に紹介していくぞぃ



お話の詳細は個別の記事でも解説しているから、
良ければそちらも見てみてね
新進気鋭のディオニュソス、象徴的な”ブドウの木”を発見する!
意気揚々と旅立ったディオニュソスは、初期の段階で「葡萄の木」を発見し、そこからワインの製法を編み出したとされています。
この設定は後世において、酩酊神と若く美しいサテュロスの青年アンペロス(Αμπελος)の恋物語へと発展しました。
それによると、アンペロスは何らかの理由で野生の雄牛と関わった結果、事故のような形で命を落とし、その死を嘆き悲しんだディオニュソスによって最初の「葡萄の木」に変えられたと伝えられています。


アンペロスの詳細はコチラ!


頑張るディオニュソス、ヘラの呪いに邪魔されながらもインドまで制覇する!
1日でも早く神としての地位を確立しようと頑張るディオニュソスですが、そんな彼を苦虫を嚙み潰したような表情で睨みつけていたのが、オリュンポスの女王・結婚の女神ヘラ(Ἥρα)です。
不義の子である酩酊神が誕生した際、全ギリシャの神々がドン引きするレベルの執拗な嫌がらせを行った彼女ですが、その嫉妬と怒りの炎は未だに消えてはいませんでした。



不倫相手のガキが、いっぱしの神になるだぁ…?
そんなもん、女王たるわしが許すかい!!



あぶー
ヘラは、血気盛んに冒険を続けるディオニュソスに呪いをかけ、彼を狂気に陥れます。


『バッカス』 1630年 PD
発狂した若き神はあちこちを放浪し、
- エジプトでプロテウス王(Πρωτεύς)の歓待を受ける
- シリアで葡萄栽培の導入に反対した奴の皮を剥ぐ
- 自ら橋を架けてユーフラテス川(Εὐφράτης)を渡る
- 父ゼウス(ΖΕΥΣ)が遣わした虎に運ばれてティグリス川(Τίγρις)を渡る
といった旅程を、おそらくは無意識のうちにこなしました。



彼がどこで正気を取り戻したのか正確には分からないけど、史料には「狂気のうちにエジプトとシリアを放浪した」という記述が見られるよ!
ディオニュソスと旅の一行はその後、3年間、一説によると52年間もの長きに渡ってインド遠征を行い、そこで布教活動に専念しています。
この仕事も決して順風満帆とはいかず、彼らは、現地の王族たちから激しい反発を受けました。
しかし、やる気に満ち溢れた酒神は、サテュロスやマイナデスたちの力を借りて戦いに勝利。
自身の神性をインド人に分からせたディオニュソスは、彼らに「葡萄の栽培」や「ワインの醸造」、「都市の運営」や「法律の整備」を伝え、神として崇拝されるようになりました。


「インディオと戦うディオニュソスのモザイク」 4世紀頃 PD
また、彼はこの旅の途中で、インドの地の果てに「柱」を建てたとも伝えられています。
※おそらく、天空を支えると信じられた「世界の柱」のこととされる



「インド戦争」に関する記述はそれだけでも膨大過ぎるので、
とてもじゃないが全部は紹介できんぞぃ
進み続けるディオニュソス、フリュギアの地で大地母神に学んだりする!
インド制覇を成し遂げたディオニュソスはギリシャ方面へと進路を切り替え、フリュギア*の地へとやって来ました。
※現在のトルコにあたる地域
彼は、そこで大地母神キュベレ(Κυβέλη)*から(おそらくヘラの呪いの?)清めを受け、さらに神秘的な秘儀の指導を受けたと言われています。
※大地の女神レア(Ῥέα)と同一視される
また、この地ではディオニュソスの養父でもある老従者シレノスが行方不明となり、彼を保護したミダス王(Μίδας)に、酩酊神自ら褒美を授けるという一幕もありました。


『眠れるシレヌス』 1611年 PD







ディオニュソスがフリュギアを訪れたのは、
インド遠征よりも前とする説も存在するわよ
その後、さらにギリシャ方面へと歩を進めた酒神の一行は、女性戦士の部族アマゾネス(Ἀμαζόνες)と武力衝突に発展したとも、彼女たちと協力して農耕の神クロノス(Χρονος)が率いるティタン神族と戦ったとも伝えられています。
諦めないディオニュソス、ギリシャ圏内でも迫害を受けるが順次武力で分からせていく!!



わっはっは
ようやくギリシャの地に戻ってきたぜ
V.S.リュクルゴス【@トラキア】
フリュギアを出発したディオニュソスと愉快な仲間たちは、続いてトラキア*の地へと進軍しました。
※ブルガリア南東部、ギリシャ北東部、トルコのヨーロッパ部分に跨った古代地域
しかし、彼らはここで現地の王リュクルゴス(Λυκουργος)の襲撃を受け、エーゲ海の沖へと押しやられてしまいます。
当然ながらディオニュソスもただでは転ばず、得意の混乱呪文で愚かな王を狂気に陥れ、リュクルゴスが自分の家族を手に掛けたうえで悲惨な死を迎えるよう仕向けました。
トラキアでの出来事の詳細はコチラ!




「ディオニュソスに狂気に駆られたリュクルゴスは、妻を襲う」紀元前350年-340年
出典:Jastrow CC BY 2.5
V.S.ペンテウス【@テーバイ】
無事にトラキアを抜けた酩酊神の一団はテーバイへと進みますが、ここでも厳しい迫害と弾圧が、彼らの行く手を遮ります。
かの地の王ペンテウス(Πενθεύς)が、ディオニュソスとその信者たちを、治安を乱す危険な新興カルトとして逮捕しようとしたのです。
不思議な魔法で信徒たちの拘束を解除した酒神は、現地の女性たちを狂気に陥れ、ペンテウスが実の母親や叔母たちに八つ裂きにされるよう仕向けました。
テーバイでの出来事の詳細はコチラ!




「マイナデスに引き裂かれるペンテウス」 PD
withイカリオス【@アテナイ】
続いてディオニュソスは、陸路を通ってアテナイの地を訪れます。
これまでの旅において酷い扱いを受けてきた彼は、ここでイカリオス(Ικαριος)と呼ばれる男性から親切な歓待を受けたことに大いに感動。
彼に「葡萄の挿し木」と「ワイン醸造の技術」を授け、この奇跡の酒を世に広めるよう勧めました。
しかし、ワインによってもたらされる「酩酊」を「毒を盛られた」と勘違いした羊飼いたちが、イカリオスの命を奪ってしまうという事件が発生します。
激怒したディオニュソスは、アテナイ全域に恐ろしい疫病を流行させ、現地を後にしました。
アテナイでの出来事の詳細はコチラ!




「ワインを運ぶイカリオス」 3世紀頃 PD
V.S.ペルセウス【@アルゴス】
各地に爪痕を残してきたディオニュソスとその信徒たちは、続いてアルゴスの地を訪れました。
当然のようにここでも激しい拒絶を受けた彼は、現地の女性たちを狂乱させ、彼女らが自らの子の命を奪い、その肉を貪り食うよう仕向けます。
一説によると、ディオニュソスはこのタイミングで半神の英雄ペルセウス(Περσεύς)と衝突し、一度は敗北を喫したこともあるのだとか。
いずれにせよ、酩酊神とアルゴスの人々(もちろんペルセウスも)は後に和解し、現地にはディオニュソスを祀る神殿も造営されました。


『バッカスの勝利』 1629年頃 PD
V.S.ティレニアの海賊【@エーゲ海】
その後、しばらくは海の旅を続けたディオニュソスとその信者たち。
ある時、彼らはイカリア島(Ικαρία)からナクソス島(Νάξος)へと向かうために、一隻の三段櫂船*を雇いました。
※地中海で広く見られた戦闘用ガレー船の一形態で、櫂を漕ぐ場所が3階層になっている
ところが、その船乗りたちの正体というのが、古代ギリシャ人から恐れられたティレニアの海賊(Τυρρηνοί Πειρατές)だったのです。
身なりの良いディオニュソスを奴隷として売り払おうと考えた彼らは、密かに進路を変更し、船をアジア方面へと進めました。
しかし、異変に気付いた酒神は得意の幻惑呪文で海賊どもを大混乱に陥れ、海に逃げた彼らをイルカの姿に変えてしまったと伝えられています。
エーゲ海での出来事の詳細はコチラ!




「ディオニュソスが海賊を追い払う」 2世紀頃 PD
ついに認められるディオニュソス!
妻を得て母を救い、オリュンポスの神々に名を連ねる!
ナクソス島にたどり着いたディオニュソスは、そこでアテナイの王テセウス(Θησεύς)に置き去りにされたクレタ島の王女アリアドネ(Ἀριάδνη)と遭遇。
意気投合した2人は結婚し、夫婦の間にはエーゲ海の島々の王となる子どもたち
- シキョニアの領主エウリュメドン(Εὐρυμέδων)
- ケラマイコスの領主ケラモス(Κέραμος)
- キオス島の王オイノピオン(Οἰνοπίων)
- ペパレトス島の王ぺパレトス(Πεπάρηθος)
- タソス島の戦士パノス(Φᾶνος)
- シキョニアの領主プリアス(Φλίας)
※「プリアソス」とも - タソス島の王スタピュロス(Στάφυλος)
- レムノス島の王トアス(Θόασ)
が誕生しました。


『バッカスとアリアドネ』 1520年 PD
このあたりで、古代ギリシャの人々はようやくディオニュソスの神性を理解し、彼を神として敬うようになったと言われています。
しっかりと信仰の力を身に着け、天界の神々からの承認も受けた彼は、一度冥界へと降り亡き母セメレを救出。
彼女を狂乱の女神ティオネ(Θυωνη)として転生させ、共に天空へと昇りました。
一説によると、ディオニュソスはこのタイミングで、鍛冶の神ヘパイストス(Ἥφαιστος)を伴ってオリュンポスに向かったとも伝えられています。





「死に対する優位性」を示すことが、
神の証でもあったそうじゃ
こうして一人前の『神』となったディオニュソスですが、彼は必ずしも「オリュンポス12神」*の1柱に数えられたわけではなかったようです。
※ギリシャ神話の神々でも特に主要な存在は「オリュンポス12神」に括られる
ただし、若く勢いのある彼に気を遣った炉の女神ヘスティア(ΕΣΤΙΑ)が、



こういうポストは、若手にさっさと空けんとねぇ
と言って自ら身を引き、ディオニュソスに席を譲ったことから、状況に応じてどちらかの神がオリュンポス12神の一員とされるようになったとも言われています。





わっはっは!
いずれにせよ、ようやく時代がこの俺様に追いついたのだ!



わっはっは!


『バッカス』 1867年 PD



ここで、ディオニュソスが辿ったルートは、
紹介したものが絶対の正解ではないことをお伝えしておくわ



海賊退治の後にテーバイを訪れている場合や、アルゴスでの戦いでアリアドネが命を落としている場合*など、順番が前後する逸話がいくつも残っているんだ!
※この場合、最後に母セメレと共に救出されている
酩酊の神ディオニュソスのその他の登場シーン
最後に、今回の主人公ディオニュソスが登場したいくつかの神話の名場面を、ざっくりダイジェストでご紹介します。



時系列順にはなっとらん個所もあるので、
そこらへんはゆるく受け取ってほしいぞぃ
- 「ギガントマキア(Γιγαντομαχία)」の戦いにおいて半神の英雄ヘラクレス(Ηρακλής)と協力し、巨人族ギガンテス(Γίγαντες)の1人・エウリュトス(Εὔρυτος)を討伐する。
- 最大最強の怪物テュポン(Τυφών)が現れた際、山羊の姿をとってエジプトに逃亡し、冥界の王オシリス(Osiris)と同一視される。
- リュクルゴスの義兄弟ブテス(Βούτης)とその仲間たちがマイナデスを襲ったので、呪いをかけて正気を奪い、井戸に身を投げて死ぬように仕向ける。
- 海神ポセイドン(ΠΟΣΕΙΔΩΝ)と共にフェニキアの精霊ベロエ(Βεροη)にアプローチをかけるが敗北する。
- オルコメノスの王ミニュアス(Μινύας)の娘たち(ミニュアデス)が信仰を怠ったので、彼女らの部屋に猛獣をけしかけたうえで蝙蝠の姿に変える。
- 信仰を馬鹿にした領主エレウテルの娘たちを狂わせるが、父が慌ててディオニュソスを祀ったので許す。
- キタイロン山の留守を預けていた酩酊神の養父・老半神ニュソス(Νυσος)と、現地の統治をめぐってトラブルになる。
- 英雄ヘラクレスと酒飲み競争をする(勝敗ははっきりしていない)。
- 先見の神プロメテウス(Προμηθεύς)と共に『イソップ寓話集』に登場し、「同性愛」の起源譚に関わった人物として描かれる。
などなど、ほか死ぬほど多数!


『バッコスの勝利』 1882年 PD
神として認められたディオニュソスの仕事ぶりとその素顔
数々の冒険と苦難を経て、ようやく新たなる神として認められ、時にはオリュンポス12神の1柱にも数えられるまでに出世した、酩酊の神ディオニュソス。
そんな彼は古代ギリシャ世界において、以下のような様々な事柄を司りました。
- 葡萄の栽培とワイン醸造
- 商業
- 飲酒と祝宴、酩酊
- 狂気と幻影
- 幻覚と陶酔
- 喜びと楽しみ
- 果物と植物
※ブドウ以外のイチジクやリンゴなど - 演劇と合唱
- 同性愛や女性らしさ
- 死後の世界と輪廻転生
ディオニュソスの性質を一言でまとめると、「限界を超越し、自我を解放する神」と表現することができるでしょう。
既存の概念や社会秩序に挑戦する性格を有していた彼は、それゆえに一度は迫害を受け、弾圧される対象となったのです。
また、古代ギリシャ美術におけるディオニュソスは、長髪の若く美しい女性的な青年として描かれることもあれば、髭を生やしぶくぶくに太った腹をもつおっさんのような姿で描写されることもありました。



まーた極端な振れ幅ね…



それくらい様々な「顔」をもったのよ、俺様は


『バッカスへの犠牲』 1634年 PD
彼は神話上、オリュンポス12神の最後の1人にして最年少の神とされていますが、実は主神ゼウスと同じくらい古くからギリシャに存在した神格とも言われています。
その生まれ故郷も実際には定かでなく、最も異名の多い神でもあり、名称の後半部分「ニュソス(-nysos)」はギリシャ語にはない響きをもっている――。
さらに、ただの人間族の母親から生まれたという独特の出自や、神であるにもかかわらず、必ずしも「不死」ではないなどの一風変わった設定の数々――。
※ティタン神族に命を奪われバラバラにされたが、レアまたはデメテルにより復活したという別伝承もある
今回の主人公ディオニュソスは、ギリシャの神々のなかで最もとらえどころのない、謎に包まれた存在でもあったのです。



ミステリアスな男って、モテそうやん?
光明神アポロンと対比された酒神ディオニュソス
酩酊の神ディオニュソスと対照的な神格として、光明の神アポロン(ΑΠΟΛΛΩ)の名がよく挙げられます。
ドイツの著名な思想家フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche)は、芸術的衝動には2つのタイプがあると考え、それを「アポロン型」と「ディオニュソス型」という対立する概念で説明しました。



細かい違いは、以下を見てもらえれば分かるじゃろう
アポロン型 | ディオニュソス型 | |
---|---|---|
音楽の傾向 | 荘厳な格調ある音楽 | 騒々しい舞踏音楽 |
傾向と性格特性 | 冷静な自己抑制 | 陶酔と狂気 |
形式美と秩序を志向して明快 | 形式を打ち破り、激情の赴くところを志向して力強い | |
知的かつ物静かで、調和を尊ぶ | 本能的で荒々しく、変調に傾く | |
芸術面での特徴 | 明晰、秩序、均整と調和 | 破壊的、激情的、野性的かつ集合的 |
理知的で静観的かつ個性的 | 陶酔と歓喜、狂躁と忘我に向かう | |
奉仕者たち | 芸術の女神ムーサイ(Μοῦσαι) | 酩酊神の信女バッカイ(Βάκχαι) ※「バッコスの信女」とも |



彼はちょっと刹那的すぎるというか…☆
無軌道な感じがいまいち苦手かもね~☆



型にはまったお堅いことやっても楽しくないでしょ~
予測不能であることこそが、最大の
エンターテイメントなのさっ


「豹の背に乗ったディオニュソス」 紀元前370年頃 PD
理性のアポロンに狂気のディオニュソス――。
確かにこう捉えると、2人は相反する神格として険悪な仲のようにも思えてきます。
しかし、当時のギリシャ人たちはそうは考えておらず、むしろこの2神は、非常に相性も仲も良いと認識されていました。
というのも、元々ギリシャ生まれではないアポロンは冬の間、バカンスで極北の地ヒュペルボレア(Ὑπερβορεα)へと旅立ってしまうのですが、その間、神託の聖地デルフォイ(Δελφοί)の留守を守ったのが、他でもないディオニュソスだったのです。


神域内における2神の地位に上下関係はなく、彼らは完全に等しい存在とされていました。
「デルフォイといえばアポロン」と言われがちな昨今ですが、実は1年の1/3~半分くらいは、ディオニュソスが夢を介して病を癒すなどの仕事を請け負っていたのですね。


-古代デルフィの想像図 1894年 PD



まぁいつもの対立関係は友達だからこそと言うか、
いわゆる「プロレス的」なやつなのよ


ギリシャ神話をモチーフにした作品



参考までに、「ギリシャ神話」と関連する
エンタメ作品をいくつかご紹介するよ!
おわりに
今回は、ギリシャ神話に登場する酩酊の神ディオニュソスについて解説しました。



彼は、複数の同系神がひとつの神格に
統合された存在とも考えられたそうよ



各地の神さまと同一視されている点からも、
その設定はじゅうぶんに納得がいくね!
パパトトブログ-ギリシャ神話篇-では、雄大なエーゲ海が生み出した魅力的な神々や彼らの物語をご紹介していきます。
神さま個別のプロフィール紹介や神話の名場面をストーリー調で解説など、難しい言葉はできるだけ使わずに、あらゆる角度から楽しんでもらえるように持って行こうと考えています。
これからも「ギリシャ神話」の魅力をどんどんご紹介してきますので、良ければまた読んでもらえると嬉しいです!



また来てね!
しーゆーあげん!
参考文献
- ヘシオドス(著), 廣川 洋一(翻訳)『神統記』岩波書店 1984年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 上』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『イリアス 下』岩波書店 1992年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 上』岩波書店 1994年
- ホメロス(著), 松平 千秋(翻訳)『オデュッセイア 下』岩波書店 1994年
- アポロドーロス(著), 高津 春繁(翻訳)『ギリシア神話』岩波書店 1978年
- T. ブルフィンチ(著), 野上 彌生子(翻訳)『ギリシア・ローマ神話』岩波書店 1978年
- 吉田 敦彦『一冊でまるごとわかるギリシア神話』大和書房 2013年
- 阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』新潮社 1984年
- 大林 太良ほか『世界神話事典 世界の神々の誕生』角川ソフィア文庫 2012年
- 中村圭志『図解 世界5大神話入門』ディスカヴァー・トゥエンティワン 2020年
- 歴史雑学探究倶楽部『世界の神話がわかる本』学研プラス 2010年
- 沢辺 有司『図解 いちばんやさしい世界神話の本』彩図社 2021年
- かみゆ歴史編集部『マンガ 面白いほどよくわかる! ギリシャ神話』西東社 2019年
- 鈴木悠介『眠れなくなるほど面白い 図解 世界の神々』日本文芸社 2021年
- 松村 一男監修『もう一度学びたいギリシア神話』西東社 2007年
- 沖田瑞穂『すごい神話―現代人のための神話学53講―』新潮社 2022年
- 杉全美帆子『イラストで読む ギリシア神話の神々』河出書房新社 2017年
- 中野京子『名画の謎 ギリシャ神話篇』文藝春秋 2015年
- 千足 伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術 2006年
- 井出 洋一郎『ギリシア神話の名画はなぜこんなに面白いのか』中経出版 2010年
- 藤村 シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社 2022年
- 中村圭志『教養として学んでおきたいギリシャ神話』マイナビ出版 2021年
- かみゆ歴史編集部『ゼロからわかるギリシャ神話』イースト・プレス 2017年
- THEOI GREEK MYTHOLOGY:https://www.theoi.com/
他…