【鋤を神格化した雷神】阿遅鉏高日子根神-アジスキタカヒコネノカミ-【日本神話】

このシリーズでは、忙しいけど日本神話についてサクっと理解したいという方向けに、「かんたん・わかりやすい」がテーマの神々の解説記事をお送りしています。

超個性的な八百万の神々が織りなす、笑いあり、涙ありのトンデモぶっ飛びストーリーが、あなたに新たなエンターテイメントとの出会いをお約束します。

人間味溢れる自由奔放な神々の色彩豊かで魅力的な物語に、ぜひあなたも触れてみてくださいね。

今回は、天若日子あめのわかひこのそっくりさんで大親友、荒ぶる雷神の顔を持つ農具の神、阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみをご紹介します！

この記事は、以下のような方に向けて書いています。

• 日本神話にちょっと興味がある人
• 日本神話に登場する神さまのことをざっくり知りたい人
• とりあえず誰かにどや顔でうんちく話をしたい人

そもそも「日本神話」って何？

「日本神話」とは、ざっくり言うと「日本ってどうやって生まれたの？」を説明してくれる物語です。

原初の神々や日本列島の誕生、個性豊かな神さまが活躍する冒険譚や、彼らの血を引く天皇たちの物語が情緒豊かに描かれています。

現代の私たちが知る「日本神話」の内容は、『古事記こじき』と『日本書紀にほんしょき』という2冊の歴史書が元になっています。

これらは第四十代天武てんむ天皇の立案で編纂が開始され、それぞれ奈良時代のはじめに完成しました。

国家事業として作られた以上、政治的な色合いがあることは否めませんが、堅苦しくて小難しいかと思ったらそれは大間違い。

強烈な個性を持つ神々がやりたい放題で引き起こすトラブルや恋愛模様は、あなたをすぐに夢中にさせることでしょう。

さぁ、あなたも情緒あふれる八百万やおよろずの神々が住まう世界に、ともに足を踏み入れてみましょう。

阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみってどんな神さま？

阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみ(以下、アジスキタカヒコネ)がどんな神さまなのか、さっそく見ていきましょう。

簡易プロフィール

正式名称	阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみ Ajisukitakahikonenokami
別称	阿遅鉏高日子神あじすきたかひこのかみ 味耜高彦根神あじすきたかひこねのかみ 阿遅志貴高日子根神あじしきたかひこねのかみ 迦毛之大御神かものおおみかみなど
神格	雷神 農業の神
性別	男性
勢力	国津神くにつかみ
親	父：大国主神おおくにぬしのかみ 母：多紀理毘売命たきりびめのみこと
兄弟姉妹	高比売命たかひめのみこと(別名：下照比売命したでるひめのみこと)ほか多数
配偶者	天御梶日女命あめのみかつひめのみこと ※『出雲国風土記いずものくにふどき』
子	多伎都比古命たぎつひこのみこと 塩冶毘古命えんやひこのみことなど
神徳(ご利益)	・農業の守護 ・不動産業の守護 ・家内安全 ・商売繁盛 ・縁結び ・文筆業の守護など
神社	日光二荒山神社 比賣許曽神社ほか ※別途詳述

誕生と家族

アジスキタカヒコネは日本神話に登場する雷神であり農業の神さまです。

彼は地上の世界・葦原中国あしはらのなかつくにの王である大国主神おおくにぬしのかみと、その妻で宗像三女神むなかたさんじょしんの1柱に数えられる多紀理毘売命たきりびめのみことの間に生まれました。

またアジスキタカヒコネには高比売命たかひめのみこと(別名：下照比売命したでるひめのみこと)という妹がいるほか、数多くの異母兄弟が存在します。

彼が自身の家族を持った描写は『古事記』や『日本書紀』には見られません。

しかし『出雲国風土記いずものくにふどき』などの文献の中で、アジスキタカヒコネは天御梶日女命あめのみかつひめのみことを妻としたほか、多伎都比古命たぎつひこのみことや塩冶毘古命えんやひこのみことなどの子を得たとされています。

名前の由来

アジスキタカヒコネの正式名称である阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみには、どのような意味が込められているのでしょうか。

一般には、

• 「阿遅あじ」は「可美うまし」の意の美称、「鉏すき」は農具の「鋤すき」、「高日子根たかひこね」は敬称で、彼が鋤すきを神格化した農業神であることを示す
• 「阿遅あじ」は「味鴨あじがも」、「鉏すき」は「村」を意味する朝鮮語である
• 「阿遅あじ」は「多数」の意で、「鉏すき」は「刃」を意味する
• 別称の「志貴しき」は石木、石城あるいは大和国やまとのくにの地名を指す

といったことが言われているようです。

アジスキタカヒコネはもともと農具の鋤すきが神格化された存在で、そこから農業の神さまとして信仰されるようになったという説が主流なようです。

古代において農具の鋤すきは、田の神さまを祀る時の呪具じゅぐでもあったとされています。

鋤すきは神霊の依り代として機能し、そこには「雷神≒水神」が宿ると信じられていたのです。

『日本霊異記にほんりょういき』という文献の中には、以下のような逸話が残されています。

「鋤すき」と「雷」の間に密接な関係があるという事実は、現代人にとってはかなり意外かもしれません。

しかし古代の農民たちにとっては、こうして物語として語り継がれるくらいに、一般的に浸透した信仰だったと考えられているのです。

もともと大和やまと地方の大物の神さまだった！？

アジスキタカヒコネには、迦毛之大御神かものおおみかみという別名があります。

彼は大和国やまとのくに(奈良県)の葛城かつらぎに本拠を置いた、鴨かも氏の御祭神だったと考えられているのです。

『続日本紀しょくにほんぎ』という文献には、以下のようなエピソードが残されています。

この話は、大和朝廷の勢力と出雲系の人々の衝突を反映したものではないかとも言われています。

それにしても、天皇がわざわざ自ら神さまを祀ったというこのエピソード、これだけでも何だか迦毛之大御神かものおおみかみ(≒アジスキタカヒコネ)が特別な存在だという気がしてきます。

さらに彼の名称にある「大御神おおみかみ」は、他に「天照大御神あまてらすおおみかみ」や「伊耶那岐大御神いざなぎのおおみかみ」、「伊勢大御神いせおおみかみ」に用いられるのみで、神さまへの敬称・尊称としては最高クラスのものであるとされています。

こういった事実から、ある時期においては鴨かも氏がとんでもない勢力を誇っていたとも、大和王権にとって迦毛之大御神かものおおみかみ(≒アジスキタカヒコネ)が極めて重要な神さまであったとも考えられているのです。

阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみの活躍シーン

自分と瓜二つの親友を弔いに行くも死者と間違われてぶちギレ、葬儀を台無しにして飛び去る

アジスキタカヒコネは神話の中でも非常に重要な意味を持つ局面、『国譲くにゆずり神話』の一幕に登場しています。

彼の父親である大国主神おおくにぬしのかみは、地上の世界・葦原中国あしはらのなかつくにを統治する国土の王であり、国造りの神さまとして崇拝される偉大な存在でした。

アジスキタカヒコネも尊敬する父や多くの兄弟姉妹たちと共に平和に暮らしていましたが、そんな穏やかな地上の世界に、ある日青天霹靂の侵略者が現れます。

地上にある葦原中国あしはらのなかつくにに対して、天の世界を高天原たかまがはらと呼びます。

そこには天津神あまつかみという、ナチュラルに人を見下したような態度がなんとなく鼻につく連中が住んでいましたが、その頭領があろうことか葦原中国あしはらのなかつくにに対して宣戦を布告してきたのです。

天界の神々は従属を求めて使者を送りこんできますが、老獪な政治家である父大国主おおくにぬしの手腕により、1人目は難なく懐柔かいじゅうして味方にしてしまいます。

天津神あまつかみは2人目のエージェントを送ってよこしますが、父はその使者にアジスキタカヒコネの妹でもある高比売命たかひめのみこと(別名：下照比売命したでるひめのみこと)を差し出しました。

実の兄も認めざるを得ない程に類まれなる美貌を持つ高比売たかひめ、彼女はあっという間に例の使者を虜にしてしまったうえ、高比売たかひめ本人もまんざらでもない様子です。

こうして話はとんとん拍子に進み2人は結婚、アジスキタカヒコネは件の天津神あまつかみと初の顔合わせに臨みます。

彼の名は天若日子あめのわかひこ、高天原たかまがはらからやってきた穀物の神さまである彼は、アジスキタカヒコネと双子の兄弟かと間違うほどに瓜二つの姿をしていたのです。

見た目もそっくりなうえに年齢も近かった2人は、すぐに意気投合し友人となりました。

それから8年の間は、特に天界からの干渉もなく平和な日々が続きます。

親友となった天若日子あめのわかひことは時折連絡を取り合い、適度な距離間で付き合い続けていたアジスキタカヒコネですが、ある日とんでもない報せを受け取ります。

聞くところによると、彼は高比売たかひめと結婚して以降、8年ものあいだ高天原たかまがはらになんの連絡もしていなかったとのこと。

そればかりか、様子を見に来た天界からの使者を弓で射ってしまい、その報復(還矢かえしや)を受けて命を落としてしまったのだそうです。

妹の高比売たかひめも深い悲しみにふさぎ込んでしまい、兄としては心配でなりません。

天若日子あめのわかひこの葬儀が執り行われると聞いたアジスキタカヒコネは、妹の様子をみるのと合わせて、瓜二つの親友を弔いに行くことに決めました。

現場に赴くと、重苦しい雰囲気の中で粛々と儀式が執り行われていました。

アジスキタカヒコネも亡き友に手を合わせようと歩を進めますが、ここで予想だにしない反応が返ってきます。

天若日子あめのわかひこの葬儀に来ていた彼の父である天津国玉神あまつくにたまのかみが、アジスキタカヒコネを息子と見間違えて取りすがってきたのです。

天界に住んでいた天若日子あめのわかひこの他の妻たちもすっかり勘違いしている様子。

古代世界において「死」や「死者」は穢けがれているとされ、本来忌み嫌われるものでした。

そんな「死」と言われもなく結びつけられることは、当時の価値観では現代以上に失礼な意味を持っていたようです。

死者と間違えられたアジスキタカヒコネは雷の如く激高し、「大量おおはかり(別名：神度かむどの剣つるぎ)」と呼ばれる剣を振り回して、天若日子あめのわかひこを弔うための喪屋もやをなぎ倒して蹴り飛ばしてしまいました。

これが飛んで行った先が美濃国みののくに(岐阜県)の喪山もやまであると伝えられています。